[ノート]サマルカンド紙の復元復興事業を実施されてきた、金刺潤平氏へのヒアリング 2017.5.2

[2008年、2010年~2012年、JICA草の根協力事業にて、ウズベキスタンの〝サマルカンドペーパー復元復興事業〟を実施されてきた水俣浮浪雲工房・金刺潤平氏を尋ね、サマルカンド紙に関するヒアリングを実施した]

 

【世界の製紙技術史として紙を見なければならない】

10世紀以降、紙の発祥地中国から東と西に進む紙文化は分けて考えなければならない。環境的条件や植物資源などが強く関係する。植物資源の多様な東アジアと、逆に中央アジアから西側は植物資源の少ない地域がヨーロッパまで続く。その点で、西側では、ボロや栽培植物以外は原料として試用するのも困難だったはず。ウィーンのパピルスミュージアムに保存される9世紀頃の紙、タシケントのコーランミュージアムに年代を追って展示してあるコーランも時代によって紙質が違うようで、植物と技術、その時代を反映しているようで興味深い。

東側として日本をみても、植物資源が豊富で紙にするためいろいろな植物が試されている。それぞれの植物の繊維の調査研究や試作が行われた。そうして交配技術を用いて作られたのが現在の楮である。それに対して西側は製紙に関して、経典や権力者が使用する便箋、ミニアチュールを描く紙など用途は多いが、調達可能な材料から様々な紙を作らざるを得ず、技術が発達した。

総じて、(サマルカンド紙を見るには)和紙という概念ではなく、世界の製紙技術史として紙を見なければならない。また(記述など)資料のみから入る立証方法では語り尽くせない。

 

[金刺さんの工房にて、古いサマルカンド紙を見せてもらう]

 

[サマルカンド紙のサンプル]

 

【和紙は世界でも特別な紙】

和紙は、世界の製紙の中でもシンプルな工程で作られている。中国紙と比べて工程数が少ない。東アジア、東南アジアなどは、比較的簡単に紙にできる植物を多種見つけることができた。大きな発見や技術開発は10世紀頃。それ以前、東西で大きな違いは無かったのではないか。

日本には3つのルートから紙の技術が入ったのではないだろうか。

①中国から直接、②朝鮮半島から、③東南アジア方面から。

抄造技術を見ると、韓国紙はヨコ揺り、ベトナム紙はタテ揺り。中国は溜め漉きが多い。シルクロードの終着点として、日本は溜め漉き、ヨコ揺り、タテ揺りをミックスしている漉き方を開発したのではないか。

日本独特のアレンジの技術でオリジナルと言うより応用的発展を遂げた。技術の変容を発展させる力が日本の得意とするところ。そうして、流し漉きにより長尺の繊維を使って引っ張り強度の高い紙を漉き上げる技術を獲得したのではないだろうか。それ故、建築材料にも紙が使われてきた。

「では、ネリなしで長尺の繊維の紙が漉けるか?」水中で繊維が分散しないため漉けない。溜め漉きで、手で繊維を拡げてあげないと漉けない。

何も無いところから紙を漉くことを想定すればやはり溜め漉きだろう。適切な粘材の確保が困難な状況では、水中での繊維分散のために繊維を短くすることが必要になる。そこに澱粉糊を加えると繊維の結合を補助し落水スピードを抑えてくれ紙が漉けるようになる。それが、サマルカンド紙と澱粉の関係ではないか。

 

【サマルカンドペーパーから西洋紙へ】

Q 細密画には、光沢があり繊維も細かいものも見られるが、ジンチョウゲ科の可能性も考えられるか?

指摘されている紙の縮みから、ジンチョウゲ科の植物の様なものもあるかもしれないが、靱皮繊維を断裁して使っていたと考えられるため、実際に分析して確かめるしか無い。光沢は、紙を硬い物で磨けば出てくる。

中国では、様々な靱皮で紙を漉くが、手打ち叩解の最終工程で刃物を使って叩く所もある。(中国では、伝統的な紙の様々な方法は、調査研究され、まとめられている。元高知県立紙産業技術センター技術部長の大川昭典さんは,様々な紙の繊維の分析、修復や中国紙の調査経験が豊富な方である。)繊維を細かく切り刻んで処理するのは、特別な事ではない。

西洋紙のルーツは、やはりサマルカンド紙ではないだろうか。ペンで書くためにという思考が西洋紙の基礎になっている。サマルカンド紙の位置づけは、硬筆ペンへの需要からだと考える。10世紀前後の時代においては、サマルカンド紙の存在は東アジアから見れば意外性のある紙だったのではないだろうか。毛筆の文化と発想そのものが違う。

サマルカンドから、シリアのダマスカスへ。紙のルーツは、文化の秘密性にという概念では、紙が手に入ることと技術が手に入ることとは意味が違う。日本のように孤立した文化の発展はとても珍しい。陸続きでないため異邦人との交流が少ない。だから本当に特殊な発展をとげたと考えている。

 

[金刺さんに見せて頂いたサマルカンド紙]

[サマルカンド紙の拡大写真。紙の密度がかなり高い。表面に何な塗って磨いた表情ではない]

 

[同、拡大写真。この紙の、繊維は分析の結果、原料は桑]

 

 

[別のサマルカンド紙、サンプル]

[こちらは、藍色の繊維が混ざる。先に掲載したサマルカンド紙の拡大写真と比べ、紙の密度は落ちるが、それでも密度は高い。この原料は元はボロ布]

 

【現在のメロスの工房】

~ここで、メロスの工房の映像を見る~ 紙に澱粉を塗る工程から、工房の打解機の映像(石うすで、つく打解機)を見る。

現在のサマルカンドの工房は、観光の需要には応えられる工房かもしれない。メロスの工房を運営するのはザリフ氏。打解の仕組みを理解できていないため、打解機と原料の状態がマッチしていない。現在は紙を漉いて後で澱粉を塗って磨いている。自分がいるときは、メロス工房での工程には〝断裁〟と〝打ち紙〟を入れた。でも、手間のかかる工程だから安易に省略されてしまう。復興の最初に和紙の工程を教えてしまったことは、効率はいいが文化性の面では間違いだったのではないか。(和紙は世界一という思い込みが問題で)単に効率良くキレイな紙が漉ければいいと言うものでは無い。

映像のクワ原料の色が黒いのは、切った枝の状態のまま保存して渋によって黒くなっている。しっかり皮の状態にして管理すれば漉きあがる紙も白い。

[写真:現在のメロス工房の様子]

[石や動物の骨等でサマルカンド紙を磨く。2015年11月現地にて、柴崎が撮影]

 

[200年以上前のコーランを拡大鏡で見ているところ。2015年11月現地にて、柴崎が撮影]

 

[協力]水俣浮浪雲工房・金刺潤平氏

WEBサイト http://haguregumo-kobo.com/