拠点形成事業活動報告(平成30年9月から令和2年度末まで)
活動報告(平成30年度9月から令和2年度まで)
1.サマルカンド紙に関する調査
1-1.日本国内におけるウズベキスタン及び中央アジアの手漉き紙文化の調査、及びセミナーの開催、協議等
(1) [学術講演会、公開講座の開催]紙の道の文化史-正倉院からサマルカンドまで-愛知県立大学×愛知県立芸術大学連携事業
平成30年10月13日(土)本事業に関連した学術講演会「正倉院の紙」、及び公開講座「紙の道の文化史」を計4回(8講座)開催した。学術講演会は、「正倉院からサマルカンドまで」をテーマにプロローグの講演を柴崎が実施した。世界の紙の伝播や本事業の研究報告を行った。また世界の紙の伝播の図、裏面が和紙、韓紙、中国紙(宣紙、竹紙)、サマルカンド紙の実物サンプルを貼ったオリジナルカード作成し配布を行った。講演は、「正倉院の紙」杉本一樹氏(前宮内庁正倉院事務所長)が実施した。愛知県立大学 長久手キャンパス。【柴崎、阪野】(以下、担当者・参加者を【】で示す)
http://weblogsagamine.blogspot.com/2018/09/blog-post.html
(2) [国際セミナーの開催]「紙と芸術表現“ウズベキスタンのサマルカンド紙、イスラーム写本、ミニアチュールを知る”」
令和元年11月16日、日本にて本事業のセミナーを開催した。これまで2017年度にはウズベキスタン・タシケントのウズベキスタン芸術大学で、2018年度には中国・大連の大連民族大学でセミナーを行い、3度目の国際セミナーとして、2017年から3年間取り組んできた本研究事業の最終報告として開催した。会場は名古屋大学アジア法交流館にて実施した。
[開催時の主な日程]
・11月15日、愛知県立芸術大学訪問
・16日、国際セミナーの実施(参加者、研究・運営スタッフ含め150名+招聘者・通訳14名)
・15日〜19日、研究メンバーによる展示(名古屋大学アジア法交流館内)
・17、18日、エクスカーション(美濃和紙アート館、今井家住宅、越前紙の文化博物館、越前和紙手漉き工房、機械漉き工場など見学、計30名参加)
・19日、名古屋城本丸御殿見学(16名参加)
[会議、打ち合わせ等]
・令和2年、ウズベキスタンでのセミナーと展覧会に関するミーティング
・科学アカデミー東洋学研究所とミニアチュールの図録発行のミーティング
・今後の研究ビジョンについての意見交換など
[セミナーの実施状況]
11月16日の国際セミナーの内容は、ウズベキスタンのサマルカンド紙、イスラーム写本、ミニアチュールに関する調査報告を中心に、和紙、中国紙、韓紙、さらに西洋の紙の歴史をあらためて調査し、世界の紙の伝播地図を再創することを視野に研究を行うプロジェクトの報告を行った。セミナーは、3部構成であり、第1部は、ウズベキスタンと日本、中国、韓国の芸術大学の連携を中心に、この拠点形成事業全体の報告、第2部は、ウズベキスタンのサマルカンド紙、イスラーム写本、ミニアチュールを日本において紹介することを目的に、ウズベキスタンの研究者8名を招聘し講演を実施、第3部は招待講演として、ロシア国立エルミタージュ美術館のアダモワ・アデル氏による「ティムールのミニアチュール」、ミコライチェック・エレーナ氏による、「エルミタージュ美術館作品の紙の調査」についての講演を実施した。参加者、研究・運営スタッフ含め150名+招聘者・通訳14名で、計164名である。
セミナーにおけるウズベキスタン、中国の主要な招聘者は、45歳代以下の研究者が12名中7名となり、日本での講演登壇及び逐次通訳など国際セミナーの経験を与えることができた。さらにセミナー運営、エクスカーションなど、21名の大学院学生が協力し運営を行った。
(3)[国内調査研究]令和2年3月、元龍谷大学教授、ヤマンラール水野美奈子氏を訪問し、中央アジアのミニアチュールに関してヒアリングを実施した。【柴崎、鈴木】
1-2.ウズベキスタンでの調査、セミナーの開催、協議等
(1)平成31年2月[共同研究R-1]調査研究および、古い写本の紙片や繊維の提供依頼。
ウズベキスタン(タシケント、ヒヴァ、サマルカンド、ブハラ)にて。【柴崎、鈴木、大柳、岩田、周業欣、王玲】
芸術アカデミーミニアチュール博物館、及びタシケント国立図書館とのMOU締結。タシケントではウズベキスタン芸術大学、国際イスラームアカデミー、科学アカデミーアル・ベルニー東洋学研究所、サマルカンドでは、サマルカンド大学、コニギル・メロス工房訪問、ウズベキスタン文化史博物館訪問、ブハラでは、ブハラ国立図書館を訪問し、写本の調査と原料分析用サンプル紙片を入手する[写真○○]。シェ・ムハンマド(Shamakhmud muhamedjanov)氏、アミール・ティムール博物館、ハビブラエフ・ノジム氏(Khabibullaev Nozim)を訪問し、研究の報告、議論を行った。
https://labo.a-mz.com/paper/r-1201902-1.html
(2)平成31年5月[共同研究R-1]調査研究および、古い写本の紙片や繊維の提供依頼。
ウズベキスタン(タシケント、ヒヴァ、サマルカンド、ブハラ)にて。【柴崎、大柳、岩田、佐藤文子、安藤正子、(愛知県立大学)久冨木原玲、神谷、上川通夫】本事業にて築いた関係を、愛知県立芸術大学、愛知県立大学の他領域の関連研究者と、更なる拠点の形成の為の調査訪問を行った。
芸術アカデミーミニアチュール博物館、及びタシケント国立図書館、科学アカデミーアル・ベルニー東洋学研究所、ウズベキスタン芸術大学、国際イスラームアカデミー、科学アカデミーアル・ベルニー東洋学研究所、サマルカンドでは、サマルカンド大学、ウズベキスタン文化史博物館訪問、ブハラでは、ブハラ国立図書館、ヒヴァの歴史家コミルジョン氏(Komiljon Xudayberganov)を訪問した。
また、11月に開催するセミナーのにおいて、ウズベキスタン内での各協定機関から、若干名日本に招聘する意図を関係者に説明し、できる限り若手を推薦したいなど要望した。
(3) 第3回日本ウズベキスタン学長会議
2019年7月8日(月)及び9日(火)。<分科会2>文科系の人材育成・研究発展に向けた交流についてにおいて、サマルカンド紙の研究について発表を行った。【柴崎】
また、ウズベキスタン文化庁副大臣Kamola B.Akilovaを訪問し、研究の進捗状況を報告した。
(4)【ユネスコ国際会議での発表】
2019年8月26日(月)本研究に関連しウズベキスタン文化庁副大臣Kamola B.Akilovaの
推薦により招聘され、サマルカンド紙調査研究及び紙繊維組成分析の発表をユネスコ国際会議の分科会において発表した。【柴崎】以下は正規の発表名である。
International Conference on‘Preservation of tangible and intangible cultural heritage: topical issues and strategies to resolve them’,Samarkand, 26.August.2019, “The Research on Propagation of paper in the world and Samarkand paper.With the focus on the Hand-Made Paper and artistic expression”
UNESCO INTERNATIONAL CONFERENCE Samarkand city, August 26, 2019
1-3.[科学調査]サマルカンド紙の紙質分析
(1)平成30年6月、高知県紙産業技術センターにてJISP8120「紙、板紙およびパルプ、繊維組成試験方法」による光学顕微鏡写真、100倍、C染色液による染色による撮影を行なった。対象はパピルスミュージアム(ウィーン)に保管されているライナー・コレクションの紙片の調査(12点、協定に基づき提供)。その結果、9cから10cの紙片はすべて麻繊維と判明された。一部不明繊維との混合が見られた。大麻または亜麻と推察される。不明繊維はC染色液にて青紫色に変色したが、特定はできていない。
(2)令和元年7月、高知県紙産業技術センターにて同試験、撮影を行った。対象はウズベキスタンからサマルカンド紙4点(サマルカンド大学図書館、タシケント・イスラームアカデミーから協定に基づき提供(19cヒヴァ、15〜16cサマルカンド3点))、と、五大陸博物館から和紙3点(江戸後期、シーボルトコレクション)、中国ホータン地区の文書13点(8cホータンにおける発掘品)。
その結果、サマルカンド紙4点の紙片はすべて麻繊維と判明された。和紙3点は、楮、雁皮と判明された。中国ホータン地区の文書は、麻繊維10点、楮に近い繊維2点、三椏に近い繊維1点と判明した。
(3)令和元年9月、高知県紙産業技術センターにて同試験、撮影を行った。対象はウズベキスタンからサマルカンド紙11点(サマルカンド大学図書館(5点)、科学アカデミー(6点)から協定に基づき提供(14c〜16c、18cサマルカンド紙修復時の破片等))、
その結果、14c〜16cのサマルカンド紙10点は麻繊維と判明されたが、1点は、針葉樹科学パルプの混合が見られた。また、18cは綿繊維と判別された。
2. 中国紙に関する調査
(1) [国際セミナーの開催] サマルカンド紙の解明及び中国紙
平成30年10月[セミナーS-2、国際交流展、共同研究R-2]中国セミナーの開催および調査研究。中国(大連)にて。【日本:柴崎、佐藤、本田、鈴木、兪、大柳、周業欣、ウズベキスタン:Bekhzod Khadjimetov、Dilfuza Djumaniyazova、Fazilat Kodirova、韓国:朴】
S-2中国セミナーを10月30日から11月1日(3日間)実施した。国際交流展、講演・報告の実施に合わせ、サマルカンド紙の解明及び中国紙に関する議論を行った。参加者は約100名。
講演は、①柴崎幸次「サマルカンド紙の現在」、②Bekhzod Khadjimetov「ウズベキスタンの細密画」、③朴允美「朝鮮王朝記録書の復元研究について」④鈴木「ウズベキスタン現地調査と海外美術館における所蔵作品~イスラーム写本絵画~」、⑤岩田「平安仏画を支えた素材と技法について」、⑥佐藤直樹「文字のデザインと素材について」、⑦周思昊「中国国内の紙工房とその製法について」を実施した[写真10]。また、周業欣による映像作品上映及び解説を行った。
国際交流展の展示参加は、柴崎、佐藤、浦野、鈴木、阪野、岩田、朴、周、金、NIFAD大学の教授の作品で実施した。さらに中国側で調査した中国紙の見本、製紙道具類の展示、韓国の李朝時代文書の復元などを展示した[写真11]。同時に行った調査研究では、南京博物院、小嶺村宣紙製紙工場、中国宣紙博物館の視察を行った。
(2)中国 四川夾江県での竹紙に関する調査
平成31年6月[共同研究R-2]中国紙に関する調査。四川夾江県(きょうこうけん)にて。【柴崎、大柳、周業欣】
中国紙の竹紙調査として夾江県馬村郷石堰村の状元紙坊、大千紙坊を視察した。四川成都周辺は6世紀から紙の産地になり、隣の眉州の出版業、夾江の紙産業と一緒に複合の紙の地域文化を形成した。かつては楮と竹の紙が漉かれたが、現在では竹紙の紙戸(紙の生産農家)が残っている。
馬村郷金華村は、かつては有数の紙の産地であったが、伝統的な製紙道具と漉き方を継承しているのは状元紙坊一軒しかない。
製紙の原料となる竹には苦竹と慈竹と白筴竹(しろぜいちく)があるが、白筴竹は現在枯渇したとみられ苦竹と慈竹を使用している。採取は、苦竹は毎年4、5月、慈竹は9、10月である。採取した原料は、60cmぐらいの長さに切って、外の青い皮を除かずに、水に浸す。竹の青い皮を黄色になるまではやく20日がかかる。この作業は「殺青」と呼ばれる。外皮が黄色になった原料を石灰でまぶし、層状に交叉して重ねることにより原料の酸が石灰のアルカリに中和されることで、繊維を簡易に取り出せるようになる。煮熟は「天工開物」の記録から復元された大きい鍋で原料7日間煮る。灰汁抜きは棒で叩いて池の中で行い、その後叩解機にかけ、船に入れて紙を漉く。地元の人が一緒に原料を処理する時に歌う「竹麻号子」という労働歌は、四川省の無形文化財にも登録されている。簀桁は枠がなく、単の持ち手の道具で横に紙を漉いている。紙は石灰の壁に重ねて貼り、自然の状態で乾燥させる。
大千紙坊は、1922年に紙户石子清氏によって設立され、夾江県の馬村郷石堰村にある。第二回世界大戦の時に、安徽省の宣紙の供給が途絶えたため、張大千(チョウダイセン)という有名な書画家は、石氏と協力し、製紙技術を改善し、竹の原料のなかに、大麻繊維を加えて、強靭な書画用紙が漉かれた。1994年以降、元の石氏紙坊は大千紙坊に改名され、紙を生産するだけでなく、観光名所になることを目指している。
https://www.youtube.com/watch?v=Fc7iG7VxGXI&t=115s 夾江竹紙(Chinese traditional handmade bamboo paper)
3. 韓国紙に関する調査
(1)[展覧会、調査]和紙素材の研究展Ⅵ+韓紙 韓国・ソウル展を開催。
平成30年12月5日(水)〜10日(月)、拠点校ある檀国大学校の協力により、ギャラリー・ラメール、ソウル(仁寺洞)にて開催した。
また12月7日、韓紙に関する現地調査を行った。韓国の朝鮮王朝実録の複製本制作事例から、その復元に携わった紙漉工房、安東韓紙(慶尚北道 安東市 豊山邑 素山里)、原州韓紙(江原道 原州市 戊実洞)を訪問した。この参観は拠点形成事業のコーディネーターでもある壇国大学校、朴助教授が企画した。日本からは、「和紙素材の研究」関連の大学院生、卒業生など22名が参加した。
また同展の帰国展を、令和元年3月、市民ギャラリー矢田 第3展示室にて実施した。
(2)[招待講演]アジア民族造形学会での発表
アジア民族造形学会秋期学術セミナー(韓国ソウル)にて、和紙をテーマとした講演であるが、アジアの紙として韓紙、サマルカンド紙について、本事業の研究内容を発表した。
4.サマルカンドから伝播した洋紙文化の調査
(1)バイエルン五大陸博物館における中国紙の調査
令和元年7月ドイツ(ミュンヘン)にて。【柴崎、鈴木】
(2)バイエルン州立図書館における洋紙の調査
令和元年7月ドイツ(ミュンヘン)にて。【柴崎】
蔵書から、14から15世紀の欧州での初期の紙を調査した。漆塗り装丁(ペルシャ)写本、クワィアーブック(手書き楽譜)、写本合冊本(テーガンゼー修道院)など、パーチメントから移り変わる15世紀にまとめられたものを中心に熟覧を行った。
(3)平成30年9月[共同研究R-4]サマルカンド紙の調査。ロシア(サンクトペテルブルグ)にて。【柴崎、】
エルミタージュ美術館とサンクトペテルブルグ国立図書館を訪れ、イスラームのミニアチュールなど、写本の所蔵に関するヒアリングと熟覧を実施した。同美術館ではミニアチュール専門のDr Adamoyjl Adel T.氏と、紙分析のDr Mikolaychajk Elena氏を訪問し、所蔵するイスラーム写本や絵画の紙、画材の分析を共同で行うことなど、今後の連携に関する協議を行った。また同図書館はペルシャの細密画を含む貴重図書を650冊所蔵する。そのうちサマルカンド、ブハラなどウズベキスタンに関係が深い5冊の熟覧を行った。