[ノート]サマルカンド紙の記事についての解説 2017.3.22

(ノート)サマルカンド紙の記事についての解説
 3月20日の中日新聞朝刊に掲載して頂いたウズベキスタンのサマルカンドペーパー(サマルカンド紙)に関して、いろいろ質問を頂いていますので少し経緯を書かせて頂きます。
(ページ下に、記事を掲載)
 これまで、愛知県立芸術大学で、自身の研究で和紙工房を作り、学生や作家の方々に紙から作品を作ることを推奨しながら〝紙を知る〟ことを主な目的に活動をしてきました。和紙の産地訪問も毎年行い、学生さんと一緒に勉強するスタイルですが10年にもなれば全国の和紙の産地を2016年までに49カ所廻ってきたりして、それなりには日本の和紙については理解は深まっていると思います。
 そんな中、愛知県立芸術大学でも国際交流の推進に注力する話が持ち上がり、2015年11月にウズベキスタンに初めて行かせて頂きこのテーマを得ました。その時から本学はウズベキスタン芸術大学と学術交流協定の締結に至りました。
 私は紙の研究の専門家ではないのですが、使い手としてやはり紙の力を常に感じています。自分は和紙で照明をつくっていますが、紙のチョイスが悪ければ数年後必ず作品に影響がでるということを常に感じています。例えばコピー用紙を壁に貼っておいて、その場所が日当たりが良かったりすると色は茶色に変化しながら、触った感じも張りがなくなりさらに年月が経つと簡単に破れる様にもなります。私も作品で紙を重ね貼りするのですが、25年くらい前に作った作品では、和紙とそれ以外の紙の強さの差は大きく、良い紙を知ることは自らの制作のテーマとして受け入れなければならないと思うようになりました。近年は、豊田市との共同研究で、愛知の紙〝三河森下紙〟の復活に取り組んだり、手漉き紙と芸術表現の関係性を再評価しながら〝和紙素材の研究展〟 を企画したり、芸大らしい紙作りをイメージして取り組んでいます。その課程でサマルカンド紙のテーマに出会いました。
▲柴崎照明の紙の貼り合わせ状態。和紙に気をつけるようになってから、作品は安定しています。
 新聞の記事で、〝世界一美しい紙〟として、見出しに掲載されましたが、確かに私はサマルカンド紙について、かつて極めて美しい紙と賞賛された紙として、その美しさを実感していますが、それは人類として世界一美しい紙かどうか、という意味ではありません。日本の和紙も、中国紙、韓紙、欧米の紙、その他世界の伝統ある紙は、全て美しい優れた紙として賞賛に値すると思います。その点は、新聞として強調して書かれた点なのかもしれません。その美点に関する興味は、是非ご自身で確認して頂きたいと思います。
▲タシケントで撮影させて頂いたウズベキスタンの古い紙。個人蔵。
 サマルカンド紙を見るには、古いイスラムのコーランや細密画に極めて高い技術で制作された写本があり、世界の様々な博物館に展示されていますが、そこに使われている紙を見て頂くとそれに近いイメージではないかと思います。日本で常にそれが見られる場所は詳しく把握していません。企画展によっては展示されていますが、事前に中央アジア・西アジアの紙の資料があるかどうか確認されると良いかと思います。それでもウズベキスタンのものは少なく、国で言えばトルコ、アフガニスタン、イラン、イラクなどが多いかと思います。私も明確にどこがお勧めとは言えませんが、海外の大きな博物館には常設で見られる場合があり、例えばNYのメトロポリタン美術館では、イスラム美術の部門があり、比較的すいていてじっくり椅子に座って見ることができます。
▲NYのメトロポリタン美術館に展示されるウズベキスタンの細密画。(柴崎撮影2017.02)柴崎は、ウズベキスタンの細密画は博物館で初めて見ました。
 
▲(左)ウズベキスタンの細密画のキャプション。(柴崎撮影2017.02)
 また、サマルカンド紙に関しては明確な定義が現在のところ私には見つかりません。新聞に書いて頂いていたように、紙の文化は、タラス川の戦い(751年)で中国人の捕虜の中に製紙職人がいたとされ、サマルカンドに製紙工場が作られてイスラム世界に製紙法が伝わったとされています。この歴史から、この地域で制作されたペンなどでの書画に適した、パーチメント(羊皮紙)に代わる紙として、その歴史を引き継ぐ紙がサマルカンド紙ということになると考えています。ペン書画に適する紙の機能としては、滲み止め(sizing,サイジング)の方法にも注目していますが、米粉(米糊)を塗布して、動物の骨(キバ)や丸く研磨した石などで磨かれたといわれています。これらの滲み具合は、書画技法と大きく関連し、このような絵を描くためにこの紙を使うという、紙の特徴と必然性の関係が生まれます。
 現在ウズベキスタンのサマルカンド、メロス工房で漉かれる紙は、原料が桑(クワ)とされていますが、このように定義つけできる程、統一した原料でできた紙なのかは疑問も持っています。またどのような植物靱皮を繊維として使ったのか、または布由来の紙なのか・・・などもいろいろなケースが実際は存在しているのだと考える方があっているのかもしれません。そもそもシルクロードのオアシス都市であるサマルカンドで、多様な文化が混ざり合った時代に、様々な原料や方法論も入り、おそらく多様性があったのではないかと考えています。日本の和紙もですが、手漉き紙には多様性があり、その方法論の中に、その地の人、環境、地域、文化などが融合されたアイデンティティを見出すことができます。だから日本の紙の名称には地域の名前がついていることが多いのです。
 サマルカンドは現在のウズベキスタンの古都にあたり、言わば激動の歴史をたどっています。安定した時代が続いたわけではなく、初期のイスラム時代、モンゴル、ウズベク、ロシア、ソビエト連邦時代などを経て、1991年にソビエト連邦から独立し現在に至ります。この事実から紙の歴史を単に推測することはかなり難しく、この研究で解明できるようなことではありません。しかし紙は折ったり丸めたり、製本されたりしてコンパクトになり、美しい美術品でもあれば、世界中に拡散され人の手に残っている可能性もあります。それらの紙を、できるだけたくさん、紙と技法の関係を調べたいというのが本研究の狙いです。ウズベキスタンとの共同調査では、まずはそこからスタートするつもりです。
 ウズベキスタン芸術大学とは、これから国際交流を進めますが、細密画を専門とするの先生方も多く素晴らしい作品を制作されています。現在サマルカンド紙に関しては、ウズベキスタンでも作家の方々が中心に興味を持って研究をされています。私が出会った細密画作家の先生は、ご自身で独自にサマルカンド紙の研究をされ製紙もされていました。しかし現状でまだ満足できる紙とまでは至らず、これからも製紙の研究が必要とのことです。
▲タシケントのギャラリー オブ ウズベキスタンにて展覧会をされているニオザリ先生(2015.11撮影)
▲展覧会風景と構図の研究作品(2015.11撮影)
  しかし、文化というものは一度途絶えてしまうと、なかなか過去にあったレベルの高い紙を復活させることは難しいということだと新たに実感しました。日本でもそうですが、伝統技術は“人”により伝承されるものが多い様に思います。また秘伝○○○○みたいに、技術は昔のやり方をそのままで引き継がれている訳ではなく、引き継ぐ人により常に改良されながら、新しい時代や環境に適合していったのであり、人の技を極めていく行為の繰り返しだったのではないかと思います。また、良い使い手による厳しい紙の品質要求も重要で、総じて文化は明らかに人伝承であったと私は思っています。
 最後に、新聞に書いて頂いたサマルカンド紙を、“手漉き和紙技術”で復興できれば・・・と書かれていますが、これは少し違っていて、〝手漉き紙技術〟と考えています。総じて和紙の技術も関連しますが、手漉き紙、いわゆる機械製紙ではない世界観のことだと受け止めて頂ければと思います。
 3月20日の中日新聞朝刊の記事について幾つか書かせて頂きましたが、連休中の朝の一面に、現在話題の豊洲移転問題や森友学園問題でもなく、文化的な話題(伝播の図も作って頂いて)を出してくださったことは、とても嬉しく、中日新聞様に本当に感謝しております。
(3月22日)