拠点形成事業活動報告(平成29年4月から30年9月まで)

活動報告(平成29年度から30年度9月まで)

1.サマルカンド紙に関する調査

研究の内容と進捗状況は、前項3研究実施の概要にて詳述した通りである。

1-1.[基礎調査]日本国内におけるウズベキスタン及び中央アジアの手漉き紙文化の情報収集

(1)平成29年3月、東京国立博物館、高橋裕次氏(保存修復課)木下史青氏(デザイン室長)に国内に所蔵される中央アジアの紙資料に関してヒアリングを実施した。【柴崎】(以下、担当者・参加者を【】で示す)

(2)平成29年4月、東京大学(東洋文化研究所)桝屋友子教授にイスラム美術の細密画に関してヒアリングを実施した。また、研究方法に関して協議を行った。【柴崎、鈴木】

(3)平成29年4月、首都大学東京(牧野標本館)、村上哲明教授に依頼し、和紙のシーボルトコレクションに関して調査、紙の撮影を行った。【柴崎、鈴木】(関連WEBサイト、http://labo.a-mz.com/wasi/siebold.html)

(4)平成29年5月、国立民族学博物館情報管理施設にて、中央アジア・東南アジアのコーランやサンスクリット写本など古紙資料104点の調査を行った。【柴崎、浦野】(関連WEBサイト、http://labo.a-mz.com/paper/sample170523.html)

(5)平成29年5月、JICAにおける先行研究関係者、金刺潤平氏(水俣市)へ、コニギルメロス工房の活動に関してヒアリングを実施した。【柴崎、本田、浦野】(関連WEBサイト、http://labo.a-mz.com/paper/samarkand20170502.html)

 

1-2.ウズベキスタンでの調査、セミナーの開催、協議等

(1)平成29年11月[共同研究R-1]ウズベキスタン芸術大学との合同調査。ウズベキスタン(タシケント、サマルカンド)にて。[写真9]【柴崎、本田、鈴木、佐藤、浦野】

サマルカンド紙に関する調査(写本・ミニアチュール調査)タシケント・イスラムアカデミー、サマルカンド大学、タシケント国立図書館、コニギルメロス工房、アムール・ティムール財団、サマルカンド博物館を訪問調査した。サマルカンド紙の所在について調査し、その場で許可が下りたものに関しては携帯型顕微鏡カメラ撮影を行った。

(2)平成30年2月[セミナーS-1、国際交流展、共同研究R-1]ウズベキスタンセミナーの開催および調査研究。ウズベキスタン(タシケント、サマルカンド)にて。【柴崎、本田、鈴木、兪期天(上越教育大学)、冨樫朗(豊田市和紙のふるさと館長)、周思昊(大連民族大学)、金青松(同)、朴】

S-1ウズベキスタンセミナーを2月21日から22日(2日間)実施した。国際交流展、講演・報告の実施に合わせ、サマルカンド紙の解明に関する議論を行った。参加者は約60名。

講演は、①柴崎幸次「現代に生きる“手漉き紙と芸術表現”の研究 〜サマルカンド紙の復興を中心に〜」、②冨樫朗「和紙の歴史」、③朴允美「朝鮮王朝実録の複製本制作」 を実施した。

国際交流展の展示参加は、柴崎、佐藤、浦野、鈴木、阪野、兪、朴、周、金、NIFAD大学の教授の作品で実施した。さらに日本側で編集した日本の和紙の製本、韓国の李朝時代文書の復元などを展示した[写真11]。同時に行った調査研究では、タシケント・イスラムアカデミーより紙片サンプルの10点の提供を受けた。(関連WEBサイト、http://labo.a-mz.com/paper/uzbekseminar201802.html)

(3)平成30年5月[共同研究R-1]調査研究および、“古い写本の紙片や繊維の提供を呼びかける会議”。ウズベキスタン(タシケント、コーカンド、サマルカンド、ブハラ)にて。【柴崎、鈴木、大柳、岩田】

サマルカンド紙に関する調査(写本・ミニアチュール調査)として、科学アカデミー東洋大学で、古い写本の調査を行った[写真12]。タシケント・イスラムアカデミー、サマルカンド大学、タシケント国立図書館、コーカンド郷土史博物館、ブハラ国立図書館において写本の調査と原料分析用サンプル紙片を入手する[写真13]。また同時に科学アカデミー東洋大学、タシケント・イスラムアカデミー、サマルカンド大学の3校と愛知県立芸術大学による学術交流協定(MOU)を締結した。

ウズベキスタン芸術大学では、愛知県立芸術大学の指導で紙漉き工房の整備を進めているが、中国で製作した新しい簀桁を提供した。

5月11日、円卓会議(IBC タシケントホール)において、“古い写本の紙片や繊維の提供を呼びかける会議”を実施した。参加者は28名。また5月14日、S-1ウズベキスタンセミナーをサマルカンド大学にて開催した。講演、報告の実施とサマルカンド紙の解明に関する議論を行った。参加者は約50名。同時に古いイスラム写本の保存・修復方法について日本の和紙を活用する方法を提案し今後の修復方法に関する協議を行った。

今後ウズベキスタンにおいて、サマルカンド紙の調査を進めるため、携帯型顕微鏡カメラを貸し出して調査協力を委託した。

 

3.[科学調査]サマルカンド紙の紙質分析

(1)平成29年4月から7月、日本澱粉協会の協力を得て、18世紀(以下「世紀」を「c」と記載)のサマルカンド紙2点の紙質分析を行った。

電子顕微鏡での観察により、表面に糊状物質の存在が確認できた。光学顕微鏡によるヨウ素染色での分析では、表面につやのある紙は赤紫色に染色されたため、モチ種系澱粉質が塗布されている可能性が高いと判明した。

(2)平成29年5月、高知県紙産業技術センターにてJISP8120「紙、板紙およびパルプ、繊維組成試験方法」による光学顕微鏡写真、100倍、C染色液による染色による撮影を行なった。対象はサマルカンド紙3点(準備調査のサマルカンド紙(18c)の青い繊維部分、ニョズザリ・ホルマトフ氏所有写本(16、17c)、“えほんのもり” (岩倉市)所有写本からの提供)。

その結果、16cから18cの紙片は、綿繊維であることが判明した。C染色液にて青紫色に変色する不定形物質が観察されたが、特定はできていない。[写真15]。

(3)平成30年2月、高知県紙産業技術センターにて同試験、撮影を行った。対象はサマルカンド紙他9点(タシケント・イスラムアカデミーから協定に基づき提供(17c欧州、13c〜18cサマルカンド4点、18cブハラ2点、18c〜19cコーカンド2点))。

その結果、17c欧州と13cの紙片では麻繊維が検出された。その他はすべて綿繊維。C染色液にて青紫色に変色する不定形物質が観察されたが、特定はできていない。

(4)平成30年5月、高知県紙産業技術センターにて同試験、撮影を行った。対象はサマルカンド紙他10点(タシケント国立図書館2点、サマルカンド大学3点、コーカンド郷土史博物館1点、ブハラ国立図書館4点を協定に基づき提供)。

その結果、17cから18cの紙片は主に綿繊維、13c〜16cの紙片は麻繊維または綿繊維と不明繊維との混合。麻繊維は繊維長、繊維幅から大麻または亜麻と推察される。不明繊維はC染色液にて青紫色に変色したが、特定はできていない。

 

4.[試作]サマルカンド紙の試作

(1)平成29年12月〜同30年2月、愛知県立芸術大学和紙工房にて、桑を原料にサマルカンド紙試作実験を行った。また澱粉等の塡料に関する実験と製紙を行った。

(2)平成30年 3月〜5月、和紙工房にて、同実験を行った。ネリ成分など粘剤が使われていなかったことも想定し、桑原料のみ、米澱粉入り、ネリ使用とそれぞれ異なる製紙サンプルを制作した。

今後、これらの試作紙を使用し米粉、小麦粉、卵白などを塗布の上研磨したサンプルの制作を目指す。

 

5. 中国紙に関する調査

大連民族大学との共同研究により、紙の起源からいち早く発展を遂げたと言われる中国紙に焦点をあて、紙と芸術表現を調査する。また、西方への紙伝播に関連する調査研究を行う。

中国を代表する宣紙、竹紙など伝統的な紙の技法を継承する工房を訪ねたほか、主要博物館にて調査を実施した。将来的には、中国の東・西地域における紙の実態を調べ、中国紙の系譜を俯瞰的にまとめることを目指す。

5-1. 中国での調査、セミナーの開催、協議等

(1)平成29年6月[共同研究R-2]宣紙に関する調査。中国(大連、小嶺村、上海)にて。【柴崎、本田、周、王玲(大連民族大学)】

大連民族大学(大連)を訪問し、今後の中国における調査実施計画の具体化を協議した。小嶺村宣紙工場、中国宣紙博物館(安徽省)にて宣紙の製法を調査し、関連資料を収集した。旅順博物館(大連)を視察し、上海博物館では展示中の元時代の紙を許可の範囲内で撮影した。

(関連WEBサイト、http://labo.a-mz.com/paper/koreanpaper01.html)

(2)平成30年6月[共同研究R-2]竹紙に関する調査。中国(杭州、蘇州)にて。【柴崎】

大連民族大学に企画を依頼し、杭州市富阳区大同村、朱中華氏の竹紙の製作を見学し作業工程を調査した。

(3)平成30年秋[セミナーS-1、共同研究R-2]S-2中国セミナーを大連民族大学にて開催予定。

 

6. 韓国紙に関する調査

拠点校ある檀国大学校との共同調査により、中国紙と併せて研究する。また、和紙との関係性や韓紙の実態とも照らし合わせ、紙の系譜を俯瞰的にまとめる形で進めていく。韓国ではセミナーは実施しないが、平成30年 12月、愛知県立芸術大学と豊田市との共同研究(本事業経費外)において、手漉き紙と芸術表現をテーマとした「和紙素材の研究展Ⅵ+韓紙」を開催、およびアジア民族造形学会において発表を予定しており、本事業のテーマにおいて国際交流の場を設定している。

6-1. 韓国での調査

(1)平成29年5月[共同研究R-3]韓紙に関する調査。韓国(ソウル)にて。【柴崎、兪、朴】

韓国の朝鮮王朝実録の複製本制作事例から、今後の調査実施に関するミーティングを行った。同時に槐山韓紙博物館、ソウル大学の視察を行った。日本側は柴崎、兪を3日間ソウル市へ派遣し、韓国側は朴が実施した。紙の起源からいち早く発展を遂げたと言われる中国及び朝鮮半島の紙に関する研究の範囲や方法などを協議した。また特に、韓国独自の製紙の復元にむけて研究されている“ウェイバル”という方法に関して、韓紙の制作工程を調査した。

 

7.サマルカンドから伝播した洋紙文化の調査

中国を起源としてサマルカンドを中継し、アラブの国々を通じて欧州に伝わった紙文化に焦点をあて、サマルカンド紙と同時代の西洋紙の収集と分析を行う。アラブ世界では、パピルスから紙へ需要が切り替わった時、サマルカンド紙やそれに近い製法の紙を用いたと考えられる。したがって欧州を含む洋紙文化の調査は、サマルカンド紙や紙の伝播の実態を知る上で関連深く重要である。

(1) 平成30年3月、“Exempla 2018 – Cultural Heritage”International Trade Fair Munich招待出品。ドイツ(ミュンヘン)にて。【柴崎、鈴木、浦野】

欧州で最大規模の手工芸の国際見本市Exempla 2018–特別展Cultural Heritageにおいて“手漉き紙と芸術表現”ブースを出展した。本研究成果の一部資料を公開し、ドイツの紙の研究者にサマルカンドから伝播した洋紙文化の調査についてヒアリングを行った。多くの手工業関係者、研究者の来場があった。

(2)平成30年9月[共同研究R-4]サマルカンド紙および洋紙の調査。オーストリア(ウイーン)にて。【柴崎】

ライナー・コレクション関連施設(パピルス・ミュージアム)を視察し、欧州に紙が伝わったとされる13cに近い紙を調査した。中央アジアからヨーロッパの9〜10c、特に古い紙を選んだ13種類の紙片(繊維)を調査した。先行研究においてカラバチェックがライナー・コレクションの最も古い紙とする、記録媒体がパピルスから紙に切り替わる時のものも含まれている。

(3)平成30年9月[共同研究R-4]サマルカンド紙の調査。ロシア(サンクトペテルブルグ)にて。【柴崎】

エルミタージュ美術館とサンクトペテルブルグ国立図書館を訪れ、イスラムのミニアチュールなど、写本の所蔵に関するヒアリングと熟覧を実施した。同美術館ではミニアチュール専門のDr Adamoyjl Adel T.氏と、紙分析のDr Mikolaychajk Elena氏を訪問し、所蔵するイスラム写本や絵画の紙、画材の分析を共同で行うことなど、今後の連携に関する協議を行った。また同図書館はペルシャの細密画を含む貴重図書を650冊所蔵する。そのうちサマルカンド、ブハラなどウズベキスタンに関係が深い5冊の熟覧を行った。