[調査研究]R−3 韓国紙に関する調査 2017.05

[調査研究]R−3 韓国紙に関する調査 2017.05
1 プロジェクトミーティング【R−3 韓国紙に関する調査】について

本プロジェクトの韓国側コーディネーターである檀国大学伝統衣装学科の朴允美助教授(Park, Yoon Mee)は、伝統的な繊維の専門家であり、朝鮮王朝(李氏朝鮮)時代の国宝級資料の復元にも関わってる。今回の韓国訪問は、拠点形成事業の韓国拠点機関:檀国大学校(Dankook University)にて、コーディネーターである朴助教授とプロジェクトミーティングを行うこと、また【R−3 韓国紙に関する調査 The research for the Korean paper】に関する基礎調査を実施した。愛知県立芸術大学からは、柴崎幸次と兪期天が参加した。

韓紙について、日本ではなかなか情報が入りにくく、テキストとして、Lee, Seung-chul著の「Hanji(韓紙)」英語版を持って韓国へ出掛けた。

[写真 1]Lee, Seung-chul著の「Hanji(韓紙)」英語版

[写真2]「Hanji(韓紙)」英語版。本の中身

 

2 韓紙について

総じて、韓紙は楮の紙が多い。朝鮮半島の原料なので日本のものと少し違うかもしれないが、繊維を拡大撮影をしても和紙とほとんど同類である。

[写真3]現地で撮影した、韓紙の拡大撮影。

 

最初に訪れたのが、Dahae(Research Institute of Cultural Heritage)のChoi,Hean Sa代表のオフィス。ここは文化財の復元事業を行っている。

資料は、朝鮮王朝實録の「宗萌儀䡄」と「成宗大王實錄」の復元をしたものを見ながら話をした。

原本復元「宗萌儀䡄」と「成宗大王實錄」は、韓国王朝の年中行事・作法の記録書である。紙の復元は、Dahae のChoi,Hean Sa代表が監修し、“張工房(Jang Ji Bang)”が特別に製作した。檀国大学校の朴助教授(Park Yoon Mee)は、表紙の織物に関して研究を行った。紙はもとより、表紙の文様もデータ解析により起こし、各頁の文字や枠線なども当時の技法を考察し、復元可能な現在の技法に置き換えて再生した。

[写真4] 「宗萌儀䡄」表紙(織物)の装幀と金属綴具も忠実に再現されている。

[写真5] 「宗萌儀䡄」の復元紙。拡大撮影。特別に漉かれた韓紙。
[写真6] 「成宗大王實錄」表紙(織物)。
[写真7]「成宗大王實錄」の復元紙。拡大撮影。
[写真8]Dahae(Research Institute of Cultural Heritage)のChoi,Hean Sa代表のオフィス。手前の紙は、こちらで漉いている日本の和紙(森下判)の8種(楮、三椏、雁皮、赤土入楮、黄土入楮、消炭入楮、ローゼル入楮、端紙)

[写真9]左から、兪、柴崎(愛知県立芸術大学)、朴(檀国大学校)、Choi,Hean Sa代表。

 

3 韓紙の漉き方

技術的には、韓紙は高麗以降の紙の技法を中心に復元が研究されている。

韓国では近代以降、日本の紙漉の技法が導入され和紙と同じ簀桁を使う方法と、韓国独自に製紙の復元を研究している〝ウェイバル〟という方法がある。貴重な復元の紙に関しては、〝ウェイバル〟と呼ばれる紙の漉き方を用いた最高品質の紙が使われる。先端を1本吊りした枠のない簀桁を使う。英語ではsingle-mould sheet formation。仕上げには、機械式による打ち紙も行う。

顕微鏡カメラで一見しても繊維質も良く、枠が無いために、チリなどの荒い繊維は流れ落ち、繊細な繊維が残りやすいのか。韓紙製造法の由来に関して、どのような文献資料にもとづくのかは、現在質問中。

[写真10]韓紙の漉き方。〝ウェイバル〟。「Hanji(韓紙)」英語版より。

 

4 書籍「韓紙(Hanji)」に関して

Lee, Seung-chulは、紙の研究者でもあり、日本から持っていった本「韓紙(Hanji)」の著者である。今回の訪問で運良くお会いすることができた。この本は、現在の韓紙を知るには最も解りやすい書籍であり、世界の紙の歴史から韓紙の位置づけについて述べている。Lee氏が集めた紙の資料などを収録した図録も頂いた。Lee氏は、美術大学やミュージアムディテクターも務めている。

[写真11]Lee, Seung-chul氏が、まとめられた書籍類。

 

5 “張工房(Jang, Ji Bang)”

復元紙を制作した“張工房(Jang, Ji Bang)”は、紙の店舗がソウルの仁寺洞にあるが、置いている紙のレベルは高い。おそらく韓国内でも最高品質の韓紙なのではないだろうか。今回、工房の訪問はしていないが機会があれば是非行いってみたい。最初に書いた「宗萌儀䡄」の復元紙もこの工房が手掛けた。日本では東京文京区の「紙舗直」が、紙を扱っている。

[写真12]“張工房(Jang, Ji Bang)”店内。(許可を得て撮影させて頂きました)

[写真13]“張工房(Jang, Ji Bang)”店内からガラスウインドウ。(許可を得て撮影させて頂きました)

[写真14]購入した紙は、楮紙、漆を塗布した紙など。

[写真15]墨を混ぜ漉いた紙。

 

6 韓紙による工芸

韓国の紙のリサーチは今回が初めてで、朝鮮半島から日本エリアの紙文化の伝承に触れることができ、とても奥が深い。客観的に、紙漉の歴史に関して、どうしても日本との比較をしてしまう。

例えば、紙の活用に関しては、韓紙をよって作られてきた数々のプロダクトの存在感は大きい。紙繩工藝(Twisted Paper string craft)など、紙を編んで漆を塗るなどの方法で、箱や容器類、小机など様々な道具類を作る工芸がある。

日本にも紙の糸から作る紙布もあるが、紙繩工藝のような立体物の製作はあまり見当たらない。韓国も日本も、紙を糸にして編んで作る行為は、多くの工程があり大変な労力を必要とした。

[写真16]紙繩工藝。太い糸によって編まれたものに漆で仕上げる。(槐山韓紙博物館にて許可を得て撮影)
[写真17]紙で作った太い糸。(槐山韓紙博物館にて許可を得て撮影)
[写真18]韓紙でできた家具類。(槐山韓紙博物館にて許可を得て撮影)
[写真19]韓紙でできた衣類。(槐山韓紙博物館にて許可を得て撮影)

 

7 韓紙を使う作家達

今回、韓紙を活用する作家のアトリエも訪問した。

Cho, Eun Silは、韓国の伝統技術の後継者であり、紙繩工藝の専門家である。伝統技術を現在に生かし、ざまざまな作品を制作している。

Hong, Hyun Juは、韓紙の人形やオブジェを作る作家であり、自身の制作活動と韓紙の作家達の展覧会を企画運営している。

[写真20]Cho, Eun Silのアトリエ。交流風景。
[写真21]Cho, Eun Silの紙繩工藝作品。赤漆で仕上げした作品。
[写真22]Cho, Eun Silのアトリエ。交流風景。
[写真23]Hong, Hyun Juのアトリエ。紙の人形から、様々なオブジェを作成している。

 

8 槐山韓紙博物館

槐山韓紙博物館(Goesan Korean Paper Museum)では、高麗以降の紙の技術を保持しながら、紙漉を行っている。ここでも〝ウェイバル〟で漉いた紙を実際に製作している。

日本の和紙と同じ道具類もあるが、枠のない簀での紙漉は修得にはさらに時間が必要である。

現在の工房は、伝統的な製作用具を再生し紙を漉いている。薄い紙などは特に難しい紙の部類にはいる。

また、この施設は、展示館も併設し韓国の紙文化の一端を展示している。

 

[写真24]槐山韓紙博物館にて、工房の館長、主任と撮影。左から2番目は、新丘大学校の李昌炅教授。
[写真25]槐山韓紙博物館の紙漉き工房で〝ウェイバル〟の簀桁を見せてもらう。
[写真26]槐山韓紙博物館の紙漉き工房で〝ウェイバル〟の簀桁を見せてもらう。
[写真27]〝ウェイバル〟の簀桁。日本の竹簀とほぼ同じ仕様。糸の間隔がやや短い。韓国では、2件簀桁の制作が発注できるとのこと。

[写真28]イベント用、石の漉き舟。

 

9 ソウル大学校奎章閣韓国学研究院

ソウル大学校奎章閣韓国学研究院を訪れた。同研究院は、1776年正祖が国王として即位した時に設立された王立図書館であったが、現在はソウル大学中央図書館からソウル大学校奎章閣に移管され韓国学の研究拠点として、ユネスコ(UNESCO)が指定する世界記憶遺産4種を含む貴重本や国宝級の学術文化財を数多く所有している。

[写真29]奎章閣韓国学研究院の博物館。
[写真30]奎章閣韓国学研究院の日本語解説。
[写真31]展示物の一部。紙に蜜蝋で仕上げたものとのこと。

 

10 補足

【メモ】Dahae(Research Institute of Cultural Heritage)のChoi,Hean Sa代表のアドバイス。

キム・ヒョンジンが、編纂した韓紙の収録集をみれば、韓紙のことはすべて解る〟収集した韓紙と紙漉き方法の系譜を伝えた記録書を発行している。(残念ながら、今はドイツに出張中とのことで見ることができないが次回に期待したい)

 

謝辞

本調査においては、檀国大学校の朴助教授のコーディネイトにおいて実施することができた。また調査に快く協力してくださった新丘大学校の李昌炅教授は、歴史的な出版物の研究者であるが、Goesan Korean Paper Museumまで同行して頂き、韓紙や、東アジアの紙媒体の流通に関して様々な情報交換をさせて頂いた。その他、ソウル大学校奎章閣韓国学研究院においては、韓国伝統文化大学校の李相炫教授に立ち会って頂き、帰路のソウル駅までも車で送って頂いた。

今回の韓紙に関する調査研究は、これらの皆様や関係者の方々の協力なしには実現できなかった。ここに感謝の意を表したい。