文部科学省委託事業 標準規格の拡大教科書等の作成支援のための調査研究 「拡大教科書の効率的な作成方法について」 平成23年3月

3 原本教科書及び拡大教科書のレイアウト検証

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3.1 レイアウト検証の目的

本章では、研究の前提となる原本教科書及び拡大教科書のレイアウトについて検証する。既存の原本教科書DTPデータを使用して拡大教科書の作成を行うことは、教科書を拡大するという目的に合わせ再編集をすることであり、教科書そのものの編集意図と教科書の情報構造が一致していなければならない。

原本教科書のレイアウトデザインは、学習課題や学習展開に合わせて、テキスト、図表、写真等が組み合わされた「教科書コンテンツ」として表現される。「教科書コンテンツ」は、学習の流れや著者等の意向を汲みながら、編集者とデザイナーで協議を重ねながら約2年間かけてデザインされる。教科書発行者は、これまでの教育現場の意見や教え方・学び方に対するノウハウを蓄積しており、より分かりやすく質の高い「教科書コンテンツ」の開発をめざして、努力を重ねているといえるだろう。

例えば、国語の教科書では、教科書発行者独自のオリジナル書体を作成し、日本語の字体の正確さや美しさを追求している。理数系科目では、公式や記号の表現が一つの評価基準となっており、地図では文字表記と色彩などに工夫が見られる。また、どの教科でも学習の流れをサポートするために、イラストや写真・図などがふんだんに用いられている。さらに、児童にも分かりやすく先生にも教えやすい授業展開のために、単元ごとの概念図や節や項などの単位は、見開き2ページで構成されているケースも多い。近年は、カラーユニバーサルデザインにおける専門家の評価を受けている例もあり、教科書発行者が細部にわたって見やすさ・わかりやすさの追求を行っていることが、本研究のヒアリング調査でも明らかになっている。

しかし、上記のように工夫された原本教科書を拡大教科書として再製作する場合、まずはフォントへのこだわりが変換の難しさという逆効果となって表れる場合が多い。また、見開き構成のレイアウトは多くの場合に拡大作業が困難となる。同様に、原本教科書では非常に有効な折り込みページ等の特殊なページレイアウトや付録なども、拡大する際には時間と手間を増大させる大きな要因となっている。

これらの問題をふまえた上で、【研究1】のテーマである原本教科書のDTPデータを使用した効率的な拡大教科書作成方法についての研究要点を明確にするために、まずは原本教科書のレイアウト構造を分析し、それらが実際のDTPデータの構成要素としてどのように成り立っているのかを明らかにする。さらに教科書発行者の発行する拡大教科書について、標準規格にもとづいたレイアウト変更型の拡大教科書の仕様とレイアウト構造を分析し、【研究1】へとつなげていく。

【図5 出版社のDTPデータを利用した拡大教科書の作成】の画像
【図5 出版社のDTPデータを利用した拡大教科書の作成】

3.2 原本教科書DTPデータの構成

(1)ファイル構成

印刷用データは、ページレイアウトデータとページに配置する図・写真等の画像データとで構成されており、これらすべてを合わせてDTPデータと呼んでいる。書籍DTPデータの場合、複数のページデータが必要であり、小中学校の教科書では1冊あたり150ページ前後になる。本研究において調査した教科書DTPデータには、(a)1ファイル構成、(b)複数ファイル構成の2種類があった。(a)1ファイル構成は、1冊全ページを1ファイルで作成するページレイアウトソフトを利用することで、1ファイルの中に全ページの情報をまとめることができる。(b)複数ファイル構成は、1ページもしくは見開き2ページを1ファイルで作成し、1冊分のデータを複数ファイルで構成する。この場合は、ベクトル画像編集ソフトを利用する。一般的には、書籍のようにページが複数ある印刷物のデータ作成にはAdobe InDesignが使用され、リーフレットやチラシのように1枚しかページのない印刷物のデータ作成にはAdobe Illustratorが使用されることが多い。2章のアンケート調査の結果によると、原本教科書の印刷用DTPデータはAdobe InDesignで製作されているケースがほとんどである。

【図6 ページレイアウトデータにおけるファイル構成の違い】の画像
【図6 ページレイアウトデータにおけるファイル構成の違い】

(2)レイアウト要素

レイアウト要素とは、ページに配置される(a)テキスト情報、(b)図表、(c)写真を指す。Adobe InDesignを使用してDTPデータを作成する場合、(a)テキスト情報は、ページ上に直接文章入力していく。(b)図表は、ベクトル画像編集ソフトであるAdobe Illustratorを利用して作成する。(c)写真は、ビットマップ画像編集ソフトであるAdobe Photoshopを利用して加工する。

入力した(a)テキスト情報は、そのままページレイアウトデータに含めて保存される。しかし、(b)図表と(c)写真のデータはページレイアウトデータには、実体データではなく仮のデータ(プレビュー画像)のみが保存される。このため、印刷時には元の図表や写真データを別途添付する必要がある。

このように図表や写真は独立したデータであることから、外部ファイルと呼ばれている。また、このような外部ファイルを配置した際、ページレイアウトソフトの簡易描画ツールで作成する矩形・線画等と区別するために、配置画像と呼ぶ。

【図7 ページレイアウトデータと外部ファイル】の画像
【図7 ページレイアウトデータと外部ファイル】

(3)文書構造

一般的に書籍における(a)テキスト情報は、その内容・役割によっていくつかの要素に分類される。例えば、章・節・項などの見出しは、段落内容を端的に示して情報を区切る要素であり、写真や図につけられるキャプションは本文とは区別される要素である。注や索引なども1つの要素として挙げられる。特に章・節・項は文書構造化のポイントとなるため、最も重要な要素といえるだろう。こうした(a)テキスト情報の諸要素に加え、(b)図表、(c)写真などの要素が加わることで、書籍としての文書構造が完成する。教科書の文書構造は、基本的にはこのような一般の書籍の文書構造と同様である。

【図8 教科書の文書構造(ページ例)】の画像
【図8 教科書の文書構造(ページ例)】

さらに書籍の文書構造を詳しく分析すると、表紙・序文・目次・章・節の単位に分けられており、大きくは本文・索引・奥付の順で構成されていることが分かる。

また教科書独特の特徴として、学習の手引きや展開、付録・資料、練習問題、解答などが、章の末尾や巻末に入る場合がある。本研究で参照した教科書サンプルの中には、巻末に切り抜き・加工して使用する厚紙の紙工作ツールが差し込まれている例も見られた。

以上のような教科書の文書構造を、以下のような階層図式で示すことができる。

【図9 教科書の文書構造(階層例)】の画像
【図9 教科書の文書構造(階層例)】

3.3 教科別のレイアウト検証

以下、本研究の協力教科書発行者の教科書サンプルを用い、教科別のレイアウトを分析する。小学校教科書においては章・節・項を数字のみで示しているが、便宜上これらの数字に「章」「節」「項」の文字を加えて分類を行うこととする。あわせて標準規格における各教科の特記事項を並記する。

また例にあげたページ上に にて教科書の情報の流れを示すこととする。

(1)国語

1つの章につき1つの読み物が扱われており、各章の後には学習の手引き等が付けられている。節・項は無かった。巻末には新出漢字の一覧表や付録の読み物があった。文字の「とめ」や「はらい」が特に重要視され、筆順フォントも使用される。図・イラスト・写真は多くないが、物語の挿絵や漢字の書き順などの説明図が挿入される場合もある。レイアウトは比較的シンプルである。

標準規格における国語の特記事項
1.文字の字体 (平仮名、片仮名の導入、新出漢字)

例外:教科書体を用いる場合(小学1年の平仮名、片仮名や新出漢字、筆順学習箇所)。

(書写)

例外:書写の手本等は書体変更しない。

2.図・写真等 (挿し絵等)

例外:拡大等の修正を必須としない場合(物語文等の挿絵等本文の読み取りにあまり関係のない図・写真等)。

【図10 小学4年国語の文書構造(階層例)】の画像
【図10 小学4年国語の文書構造(階層例)】
本文のページ例

縦書き。新出漢字の説明が欄外にある。適宜イラストが挿入されている。

本文のページ例1 本文のページ例2

てびきのページ例

上下二段で、欄外に注釈がある。右から左に流れる見開き構成となっている。

てびきのページ例

付録のページ例

ページ全体の文字量が多く、本文より小さいフォントが多数使用されている。見開き構成の上に項目の区切りも不定なので、レイアウト変更が必要となり、拡大作業が困難となる。

付録のページ例

※参考:教育出版(株) 『ひろがる言葉 小学国語』平成23年度

【図11 国語のレイアウト検証】

(2)算数

章の中には複数の節や項が含まれている。文章は少なく、設問が中心である。計算式記号や単位記号が使用される。図・イラストが多用され、計算式における除算の括線、組み立て割り算の記号など、文章だけでは表現できない表現も多い。巻末に練習問題が付けられているのが特徴で、学習用の工作ツールが添付されている例もあった。

標準規格における算数の特記事項
1.文字の大きさ (添え字(指数等))

数字文字サイズの2分の1以上。

2.文字の字体 例外:変数、定数、単位記号、演算記号等は書体変更せず、太さ調整。

(数式)

演算記号と数などの字間調整。

参考仕様 :分数の括線、平方根の根号等の線の太さ、数字との間隔調整(小数点ドット等) 。

小数点ドットの直径サイズは数字の線太さ程度。

3.図・写真等 (図形)

線の太さ、補助線との区別、頂点を示す点のサイズ等の調整。(実測の目盛等)

例外:定規の目盛等、実測が必要な場合、拡大変更しない。

【図12 小学4年算数の文書構造(階層例)】の画像
【図12 小学4年算数の文書構造(階層例)】
本文のページ例

横書き。内容を説明する図・イラスト・写真が、随所に挿入されている。

本文のページ例1
本文のページ例2

解説のページ例

文字情報と図・イラスト・写真の関係性が複雑である。フォントを使い分けて内容の違いを示している箇所もある。見開きでの構成も多用されているため、大幅なレイアウト変更が必要となり、拡大作業が困難となる。

解説のページ例1
解説のページ例2

練習問題・設問のページ例

2列組みや見開きで構成されており文字の量や小さな図が多く、欄外に注釈がある。図・イラスト・写真が複数使用されている例もあり、文字情報との関係性が複雑である。上記の例と同様に、大幅なレイアウト変更が必要となり、拡大作業が困難となる。

練習問題・設問のページ例1
練習問題・設問のページ例2

※参考:(株)新興出版社啓林館 『わくわく算数』平成23年度

【図13 算数ののレイアウト検証】

(3)理科

図・イラスト・写真そのもので解説される内容が中心であるため、それらの使用量は多い。同時に説明文としての文字情報も相当ある。単位・記号・計算式など、文章だけでは表現できない表現も多く、内容によってフォントの種類も複数ある。よって、他教科と比べて情報量自体がかなり多いといえる。レイアウトも複雑で、定型化が不可能である。

標準規格における理科の特記事項
(原寸表示)

例外:原寸写真は拡大しない。詳細は部分拡大表示する。

例外:顕微鏡写真等、倍率が付されて示されているものについては、倍率とおりのサイズ表示。

【図14 小学4年理科の文書構造(階層例)】の例
【図14 小学4年理科の文書構造(階層例)】
本文のページ例

横書き。内容を説明する図・イラスト・写真が、随所に挿入されている。余白が少なく、ページが情報で埋められている。

本文のページ例1
本文のページ例2

解説のページ例

図・イラスト・写真そのもので解説が行われている。見開き構成が多く、コラムや吹き出しなどが随所に挿入されており、情報の流れも複雑である。大幅なレイアウト変更が必要となり、拡大作業が困難となる。

解説のページ例1
解説のページ例2
解説のページ例3
解説のページ例4
解説のページ例5
解説のページ例6

※参考:(株)新興出版社啓林館 『わくわく理科』平成23年度

【図15 理科のレイアウト検証】

3.4 検証のまとめと考察

本研究では、協力教科書発行者提供による国語・算数・理科の原本教科書サンプルを分析した。教科ごとに、学習指導要領にもとづく学習内容・目的・学習方法等の違いがあるため、「教科書コンテンツ」としての表現はかなり多様である。

まず、国語は右開き仕様で文字は縦組み版、その他の教科は左開き横組み版であるため、基本的な造本設計が異なる。こうした組み版や造本設計の違いは、紙面レイアウトに大きく影響することになる。また、文字数のみならず、図・写真等の使用頻度によっても、ページレイアウトにおける文字サイズ、一行あたりの文字数、図・イラスト・写真等の大きさ、余白のバランスなどが大きく左右される。

レイアウトデザインの方針として見開き2ページを開いたままで1時間の授業を行えるようにという配慮から、節や項などの単位を1ページまたは見開き2ページに納めるレイアウトが多い。特殊なレイアウトとして、片観音開きまたは両観音開きでまとまった内容を見せる教科書もあるが、出現頻度は1冊あたり2~3か所程度にとどまっている。

教科ごとの検証でも述べたが、国語は文字情報中心のためにレイアウトが比較的単純であるのに対し、算数や理科は記号や計算式がある上に、図・イラスト・写真が多用されるので、レイアウトは複雑である。特に理科は、全体を俯瞰する図・イラスト・写真が多く、それを解説する文字情報もかなりのボリュームがある。本研究では扱っていないが、社会でも同様の傾向が見られる。こうした「教科書コンテンツ」を分かりやすく見栄え良く見せるために、レイアウトがかなり複雑化しているといえるだろう。

教科だけでなく、学年によってもレイアウトは変化する。小学校の低学年・中学年・高学年では、ページあたりの情報量にかなりの違いが見られた。学年が進むにつれて文字情報は増大し、図・イラスト・写真は相対的に減少していく。例えば、小学校低学年の教科書では教科にかかわらず、図・イラスト・写真がメインとなった見開き構造の上に文字情報が重ねられた、絵本を思わせるレイアウトが多く見られる。高学年になると、算数・理科では数式などが図説として表現されるケースが増えるが、同時に各教科で文字情報も増えていく。

以上の検証から、本研究では教科書を「読む教科書(ページ)」と「見る教科書(ページ)」の2種類に区分することができると考察している。この区分によると、国語や高学年の教科書は「読む教科書」に分類され、理科や社会あるいは低学年の教科書は「見る教科書」に分類できる。また、この区分は拡大作業の難易度と密接に関係している。つまり、「読む教科書」は、レイアウトがシンプルで情報の連続性が明確であるために拡大作業が容易であるが、「見る教科書」は、レイアウトの複雑さがそのまま拡大作業の煩雑さに直結するのである。

全国で使用される教科書とはいえ、出版物としての体裁が一元化されているわけではない。よって、この「読む教科書」と「見る教科書」という区分を、教科や学年ごとに機械的にあてはめることはできないが、内容とレイアウトの関係性を示す一つの指標としては有効といえるだろう。