文部科学省委託事業 標準規格の拡大教科書等の作成支援のための調査研究 「拡大教科書の効率的な作成方法について」 平成24年2月

1 事業概要

1.1 研究の概要

(1)目的

現在の拡大教科書の作成は、(a)ボランティア団体などが、自ら入力・複写または教科書発行者から提供されるPDFのデジタルデータを使って拡 大教科書の作成を実施している場合、(b)教科書発行者が独自に標準規格にもとづいた拡大教科書を作成する場合、の2つが主流である。両者とも、その作成 には膨大な時間と手間が掛かっていることが多い。(a)のボランティア団体が作成する場合は、PDFデータからのテキストや画像抽出に困難あるいは誤変換 が生ずることが少なくない。(b)の教科書発行者が作成する場合も、レイアウト変更やDTPデータ等の書体変換、また外字・独自書体・数字・英字等の変換 効率が悪いため、非常に手間がかかっている。その上、これらの校正にも時間がかかっており、教科書発行者による拡大教科書作成のトータルコストが下がらな い理由の一因になっている。

本研究は、拡大教科書を出版する教科書発行者及び、教科書のDTPデータを扱うことが可能な作成者が、これまでの作成方法における問題を見直 し、ローコストでクオリティの高い拡大教科書の作成を実現することを目標にしている。教科書のDTPデータを活用した拡大教科書の作成方法の研究と、教科 書データのテキストの抽出、写真・図表等の抽出、また将来的な目標として電子書籍等へのデータ変換等について研究するものであり、次代の教科書そのものの ページデザインへの方法論を考察することを目指している。

(2)方法と内容

本研究は、昨年度の研究を全体的に深めていく方針で取り組んだ。

①教科書発行者へのヒアリング及びアンケート調査

昨年度の研究では主に小学校の教科書発行者を対象としたが、本年度は平成24年度の新課程における中学校教科書を発行する教科書発行者を主な調査対象とし、教科書発行者のDTP体制や拡大教科書に対する取り組みについての調査を行う。

  1. 教科書発行に関するレイアウトデザインの方針と体制
  2. 教科書発行に使用するソフトウエア・ハードウエア環境
  3. 拡大教科書発行のノウハウと印刷手段(刷版・用紙・特殊加工)製本等について
  4. 昨年度小学校用拡大教科書を作成した制作環境との比較と教科書発行者による課題解決の事例などの調査・分析
②原本教科書及び拡大教科書のレイアウト検証

昨年度の研究では、国語、算数、理科に関して研究を行ったが、今年度は英語、社会に関して調査を深める。各科目の教科書の文章構造を分析し、どのようなレイアウトが特徴的であるかの把握を行い、どのように拡大教科書として再構築できるのか傾向を把握する。
レイアウト検証は、拡大教科書をつくる際、原本教科書の横組み構成、縦組み構成、フリーレイアウトなどを様々なレイアウトをどのように拡大化するかの検証を行う。

③原本教科書DTPデータを使用した拡大教科書の効率的な作成方法の研究

昨年度の研究では、文字組版、図・写真の拡大、拡大教科書のレイアウト、ページ構成など具体的に拡大教科書を作成するプロセスと問題点の抽出を行った。本研究では、昨年度の研究に含まれていない科目の検証やそれぞれの解決方法に関しての検証とまとめを行う。

  1. 文字組版編集時の不具合原因の明確化
  2. ページ特性による拡大方法の検討
  3. 昨年度の研究結果と合わせ、拡大教科書の効率的な作成方法の研究についてのまとめ
④教科用特定図書等作成のための[汎用性のある教科書データ]の研究

DTPデータからの拡大教科書に関する概念をさらに発展させながら、一元化された原本教科書DTPデータに含まれる教科書の情報をどのような構 造化していくかを検証する。各種拡大教科書やオーダーメイドの拡大教科書の作成、テキストの抽出、図・写真等の抽出、将来的には電子書籍へのデータ変換を 効率よく行うことが可能な[汎用性のある教科書データ]として位置づけ、その仕様や作成方法に関して研究する。

  1. バージョンアップした Adobe InDesign(以下InDesign) CS5.5の機能検証。主にDTPデータをタグ付する情報構造化処理の効率化検証
  2. レイアウトの制限がされない[汎用性のある教科書データ]の研究
  3. EPUB3.0による電子書籍表現・機能の検証
  4. MCBook3による電子書籍表現・機能の検証
  5. その他の手法による可能性についての研究
  6. [汎用性のある教科書データ]まとめ

1.2 研究の体制

(1)研究グループ

本研究グループは、調査研究の実施、拡大教科書の効率的な作成方法に関する調査研究委員会および情報交換会を運営するとともに、定例会を開催して各自の調査研究の進捗状況を報告しながら研究を進めてきた。研究員は以下の通りである。

柴崎 幸次 愛知県立芸術大学美術学部デザイン専攻准教授 研究代表者 報告書執筆

須藤 遙子 愛知県立芸術大学非常勤講師、教科書発行者ヒアリング、報告書執筆

伴  秀之 愛知県立芸術大学大学院、東京工芸大学非常勤講師、報告書執筆

岩田 光令 DTPデザイナー、研究補助、報告書作成

三浦 慶嗣 愛知県立芸術大学芸術情報課事務局担当

加藤 雅人 愛知県立芸術大学芸術情報課事務局担当

(2)調査研究会委員会

本研究のあり方に関する協議・検討、研究の進行管理・情報交換、研究結果の分析、教育現場での効果等の検証について、拡大教科書の効率的な作成 方法に関する調査研究委員会の委員として昨年に引き続き7名を選出した。委員の意見やアドバイスは、各所で調査研究内容に反映されている。委員は以下の通 りである。

高柳 泰世 NPO法人愛知視覚障害者援護促進協議会理事長

宇野 和博 筑波大学附属視覚特別支援学校教諭

吉田 元彦 名古屋市教育委員会特別支援指導主事主幹

福尾  浩 株式会社新興出版社啓林館第4編集部部長

金子 純朗 教育出版株式会社デジタル統括本部デジタル制作・管理室室長補佐

兒嶋 直也 愛知県尾張旭市立本地原小学校校長

安藤  修 愛知県立名古屋盲学校校長

(3)調査研究委員会等の開催記録

①拡大教科書の効率的な作成方法に関する調査研究委員会・第1回(書面開催による)

日時 平成23年7月、各委員訪問による研究及び議題内容の通知と意見聴取を行った。

  1. 研究概要の説明
  2. 委員会組織について
  3. 委員会の検討事項
  4. 委員会規定について
  5. 委員からの提言、助言
②拡大教科書の効率的な作成方法に関する調査研究委員会

日時 平成23年11月7日(月) 14:30~17:30

場所 愛知県立芸術大学サテライトギャラリー会議室
(名古屋市中区錦3丁目21番 広小路中央ビル3F)

次 第

  1. 挨拶、研究概要説明
  2. 委員会組織、検討事項、委員会規定について
  3. 研究計画・実施状況の報告
    (1)教科書発行者へのヒアリング及びアンケート調査
    (2)原本教科書及び拡大教科書のレイアウト検証
    (3)原本教科書DTPデータを使用した拡大教科書の効率的な作成方法の研究
    (4)教科用特定図書等作成のための[汎用性のある教科書データ]の研究
  4. 意見交換
    休憩
  5. 委員から情報提供、助言、提案
  6. 今後のスケジュール、その他

(4)スケジュール

7月

  • 調査研究委員会の設置。研究方針の発表と検証、委員に意見聴取。
  • 第1回調査研究委員会(書面開催)
  • 教科書発行者へのヒアリング及びアンケート調査の計画
  • 検証用データ提供の依頼
  • 研究用データの作成準備

8月

  • 教科書発行者へのヒアリング及びアンケート調査用紙作成
  • 教科書データ統合、書体変更、拡大調整など
  • 拡大教科書データサンプルの作成(〜11月)

9月

  • 教科書データの印刷に関する検証、まとめ
  • テキスト、画像の抽出等検証・その他の考察・まとめ
  • アンケート調査用紙送付
  • その他、データサンプルの作成

10月

  • 教科書発行者へのヒアリング
  • アンケート調査集計

11月

  • 第2回調査研究委員会、中間報告会(情報交換会)
  • 委員にアドバイス相談を受け、研究報告の最終調整

12月

  • 研究報告書作成(〜1月)

1月

  • 研究報告書まとめ
  • 報告書印刷

2月

  • 決算

1.3 教科書発行者の発行する拡大教科書について

昨年度の研究以来、平成23年度には教科書発行者による小・中学校の拡大教科書の普及進展が見られる。弱視児童生徒に関しては、これまで主流で あったボランティア団体製作の拡大教科書が減少し、教科書発行者による拡大教科書の使用が大幅に増えている。 小学校では、全県検定教科書280点のうち278点において、文部科学省が定める標準規格による拡大教科書が発行されている。中学校については、平成23 年時点で検定教科書総数134点のうち98点において拡大教科書が発行されており、新課程である平成24年4月発行分はほぼすべての拡大教科書が発行され る予定である。

各教科書発行者においては、拡大教科書の作成が浸透しつつあり、DTPデータの活用についても独自の工夫をするなど様々な効率化の取り組みがみられる。また、高校の拡大教科書の発行に関しても、小中学校の拡大教科書の充実に合わせ、徐々に発行が増えてきている。

教科書発行者による拡大教科書の普及は、平成20年6月に成立した「障害のある児童及び生徒のための教科用特定図書等の普及の促進等に関する法 律」以降であるが、小学校は平成23年の新課程、中学校は平成24年の新課程分の発行により、ほぼすべての拡大教科書が出揃うことになる。時間的に余裕の ない中で作成する必要があった前課程版の発行とあわせ、今回で2回目の教科書発行者による拡大教科書の発行が完了することになる。教科用特定図書として 様々な弱視者ユーザーの使用による評価も踏まえ、標準規格や拡大教科書事業全般の確認が必要な時期であるといえるだろう。