文部科学省委託事業 標準規格の拡大教科書等の作成支援のための調査研究 「拡大教科書の効率的な作成方法について」 平成24年2月

5 教科用特定図書等作成のための汎用性のある教科書データの研究

5.1 概要

昨年度は、原本教科書DTPデータに含まれる教科書の情報を構造化し、様々な用途に使用可能な教科書データに関する研究を行った。本研究では、これを教科用特定図書等作成のための[汎用性のある教科書データ]と位置づけている。

情報を構造化した教科書DTPデータは、拡大教科書データへの展開だけでなく、テキスト・図・写真等の抽出、電子書籍データへの展開を行うこと が可能であり、原本教科書のコンテンツを正確に利用することができることを確認した。障害のある児童及び生徒のために必要な教科用特定図書等として、標準 規格の拡大教科書以外にもオーダーメイドの拡大教科書や点字教科書、マルチメディアDAISY教科書等も注目されている中、今後このようなデータの利用に 期待ができる。しかし、従来印刷物の製作を目的に開発されたDTPソフトでは、情報構造化作業が効率的に行いにくいという課題がある。また、電子書籍の フォーマットやビューアの仕様により、その表現に制限や不具合があることも課題として挙げられる。

一昨年より国際電子出版フォーラムをはじめとする各種団体で、新たな電子書籍フォーマットや作成ツールが次々と発表された。出版業界でDTP データを利用した電子出版物の作成フローやシステム等に注目が集まる中、DTPソフトメーカーも電子書籍に対応した新機能を追加したソフトを提供し始めて いる。よって、本年度は新たな電子書籍フォーマットの理解を深め、新しい技術を利用してサンプルデータを作成し、前述した課題の改善に取り組んだ。

5.2 [汎用性のある教科書データ]の定義とデータ条件

本研究では、[汎用性のある教科書データ]の機能として、以下に対応することを想定している。

  1. 原本教科書のDTPデータとしてそのまま利用できる。
  2. 各種拡大教科書用DTPデータの編集元となる。
  3. 文部科学大臣等に提供する電磁的記録の抽出元となる。
  4. 電子書籍等、コンピュータ画面や携帯情報端末画面で表示するデータの変換元となる。
図44 [汎用性のある教科書データ]の概念
【図40 [汎用性のある教科書データ]の概念】

本研究では、原本教科書DTPデータのテキスト要素をタグ付きテキストデータに書き出すことが可能な状態のDTPデータを[汎用性のある教科書 データ]と位置づけている。具体的には、Adobe InDesignで作成したDTPデータに含まれる情報要素が適切に意味づけされ、これらが正しい配列順序・階層で構造化されているDTPデータを指す。 このDTPデータからInDesignの機能を利用して書き出したXML、HTML、EPUB等のタグ付きテキストデータは、各種電子書籍データを編集す る際に正確な原稿として利用することが可能である。

5.3 「アーティクル」機能を利用したDTPデータの情報構造化の検証

DTPデータを情報構造化して[汎用性のある教科書データ]とするためには、InDesignでDTPデータ内のすべての情報要素に対してタグ を割り当てる必要がある。タグとは、文字列に対して見出し・本文・注釈等の文書情報としての意味づけをするために付与する記号等を指す。例えば、あるテキ スト情報が章見出しであるか本文であるかを判別できるように、段落ごとに特定のタグを割り当てる。また、複数の情報要素が適切な順序・階層になるように設 定する必要がある。これらの操作は、タグ・構造パレットを利用して行うことができ、昨年度の研究で検証済みである。

図45 タグ・構造パネルを利用した情報構造化の流れ
図45 タグ・構造パネルを利用した情報構造化の流れ

情報構造化作業を適切に行うことで、書き出したXML、HTML、EPUB等の適切なタグ付け、要素の順序・階層の正確さが確保される。あらか じめタグ付きテキストデータの設計がされていないと情報構造化作業はできない。設計には従来のDTP製作作業とは異なるXMLやEPUBの編集やタグ構造 等の知識を必要とする上に、操作も複雑化するため、情報構造化作業の効率化は課題となる。

今年度リリースされたInDesign CS5.5では、こうした課題に対応する新機能「アーティクル」が追加され、EPUB作成を補助している。情報構造化では、(a) どのような意味が必要か設計し、タグを用意して登録する、(b) タグを要素に割り当て、意味づけする、(c)要素を順序・階層化し、全体を構造化する、という3段階の作業が必要であったが、「アーティクル」ではこれが 簡易に行えるようになっている。

昨年度と同じ原本教科書DTPデータを利用し、「アーティクル」の機能を検証した。サンプルページデータのテキストフレームは1ページに複数あ り、それぞれリンクはしておらず、画像はテキストフレームのアンカー付きオブジェクトとして関連づけされていない状態である。アーティクル機能の操作は容 易で、ページ中のすべてのテキストフレーム、画像を選択し、アーティクルパレットにドラッグするだけで、すべての要素がアーティクル1グループの下の階層 に配置される。

図46 ページ中のすべての要素を選択した状態
図46 ページ中のすべての要素を選択した状態
図47 登録直後のアーティクルパネル
図47 登録直後のアーティクルパネル
ほとんどの場合、要素の順序は適切でないため編集が必要になる。
図48 要素の順序変更後のアーティクルパネル
図48 要素の順序変更後のアーティクルパネル
図49 アーティクルパネルを利用した情報構造化の流れ
図49 アーティクルパネルを利用した情報構造化の流れ

編集後は、書き出し設定でHTMLやEPUB形式を選択し、オプションで「アーティクルパネルと同じ」配列順に書き出すように設定する。書き出 されたHTMLソースは、グループ要素(DIV要素)が多用されているために煩雑である。また、InDesignの段落スタイルごとにタグが記述されてい るもののすべてが段落要素(P要素)となっているために見出し要素との区別ができず、適切な意味づけができているとは言えない。これは、段落スタイル自体 にタグの割り当てを行う機能を利用することで解決できるが、タグパネルを利用してタグの作成・割り当てを行うのとほぼ同じ作業を行うことになってしまう。

さらに、最も汎用的に利用可能なXMLデータは「アーティクル」では書き出しができない。昨年度の研究において、教科書の電磁的記録の文字情報 は、DTPデータから書き出したXMLを利用することでPDFの各種問題を改善したデータとして提供可能であることを示した。このデータは、見出しや段落 等の情報要素が正確な順序で並び、不要な改行等がなく、ルビに対応し、図・写真等の画像の代替テキストを追加することができる。原稿としてだけではなく、 アクセシブルなデータを作成する上で必要なすべての文字情報を含めることが可能である。今回のInDesignの新機能「アーティクル」を検証した結果、 将来アクセシブルな教材として教科書の電子書籍データを作成するのには不十分であることが確認できた。

DTPソフトをはじめとした各種EPUBの書き出し機能を備えたツールにおいて、一般的に容易にEPUBデータが作成でき、そのデータがページ レイアウトどおりの体裁でビューアに再現されることのみが重視されがちであるが、アクセシブルなデータを作成する上では、体裁だけでなく、意味づけされた 情報要素を適切な順序・階層で構造化することが求められる。現段階で[汎用性のある教科書データ]を作成するには、従来の構造化機能を利用するべきであ る。

ただし、InDesignの次期バージョンではさらにEPUB等の書き出し機能向上が予定されているので、追加される新機能によってアクセシブルなデータ書き出しや効率的な作業が可能であるかを今後も検証していく必要があるだろう。

5.4 新規格による電子書籍データへの展開

昨年度の研究において、文字サイズを大きくすることで可読性を高めることのできる媒体として電子書籍を取り上げた。原本教科書DTPデータを元 にEPUB及びモリサワのMCBookのフォーマットで電子書籍データを作成し、その作成方法やビューア閲覧時の表現を検証した。EPUBでは、情報構造 化されたDTPデータから適切な意味づけ、要素の順序・階層の正確さを保持した書き出しデータを利用することができた。しかし、レイアウトデザインによっ ては高度な編集作業を必要とし、EPUBの仕様では表現が困難なものも存在した。

昨年はEPUBの仕様が大幅に見直され、その基本となる構造言語や表現言語の変更によって日本語組版の対応も進んだ。モリサワのMCBookも バージョンアップされるなど、各種団体で新しい電子書籍フォーマットやツール、ビューアが提供されている。本年度の研究では、昨年度の電子書籍閲覧時の表 現の課題が、新規格でどの程度改善されるかを検証した。また、電子書籍では表現しにくい原本教科書コンテンツをスクリプトによる動的な表現で代替できるか を試みた。

電子書籍フォーマットは、新バージョンのEPUB 3、MCBook 3.2で検証を行った。EPUB 3は、2011年10月11日に最終仕様が公示された国際標準規格であり、DAISYバージョン4のフォーマットとしても採用されており、教科用特定図書 等の電子フォーマットに適したものである。しかし、公示されて間もないことから、EPUB 3に対応した電子書籍ビューアは、イースト社の「espur(エスパー)試作版」、ACCESS社「NetFront BookReader v1.0 EPUB Edition」、SONY社のタブレット用ビューア等にとどまる上に、これらもすべての仕様を満たしておらず、現時点では動作環境が限定されている。

EPUB 3の主な仕様変更としては、構造言語のフォーマットがXHTML1.1からHTML5へ、視覚言語のフォーマットがCSS2からCSS3へ移行している点 である。HTML5については新たなコンテンツモデルを採用し、要素も増え、情報に対してより詳細な意味づけが可能である。文書のアウトラインを示す要素 として「section」要素、「article」要素、「aside」要素等が追加された。section要素を利用することで書籍の章節項のセクショ ンを明確に区切り、階層化できるようになった。電子書籍コンテンツではセクション構造が重要であり、今回の検証データでも「section」要素を使用し ている。その他、アクセシビリティを重視した要素・属性やマルチメディア対応としてビデオ、音声、図形描画、ルビ、数式等の要素が多く追加されている。

CSS3についての大きな変化は、文字組版が縦組みに対応したほか、圏点、縦中横等の日本語組版で必要となる属性の指定ができるようになったこ とである。また、Webフォントの指定、背景画像のサイズ指定・複数背景画像指定、角丸付ボーダー・画像ボーダー表現、段組み、変形、アニメーション等、 新たな視覚表現や動的機能が追加されている。EPUB 3は単に日本語組版が対応しただけでなく、HTML5の採用によって論理的な情報構造をもち、アクセシブルで、多彩な表現・機能を実装できるという点につ いて注目すべきである。

EPUB 3での電子書籍データの作成方法は、基本的に昨年検証したEPUB 2と同様で、情報構造化したDTPデータをInDesignでEPUB形式に書き出し、これをEPUB編集ツールSigilやHTMLエディターで編集す る。本研究を進める段階ではEPUB 3に対応した作成ツールやビューアが無いため、HTML5及びCSS3で作成したデータをウェブブラウザで表示することで検証を行った。ウェブブラウザ は、iPadの電子書籍ビューアiBookと同じレンダリングエンジンを利用しているSafari5.1を使用した。Safari5.1は、HTML5・ CSS3の対応が進んでいるウェブブラウザの一つである。

MCBookは、InDesignデータを専用ツールで変換・編集し、EPUBとは異なる専用フォーマットの電子書籍アプリを作成する。文庫本 等の電子書籍データの作成を対象にしており、MCBook 2ではテキストと図版を組み合わせたレイアウトはできなかったが、MCBook 3.2ではテキストと図版を同一ページ内にレイアウトすることが可能になった。MCBook 2より文字組版機能が充実している上に、行間罫、アンダーライン、囲み罫、改段、禁則等組版機能も追加されている。昨年11月、すでにMCBook 4の発表が行われ、EPUB書出し、オーディオブック対応、注釈、脚注の別ウィンドウによる表示等の機能が追加される予定である。モリサワは文庫向けの MCBookとは別に、雑誌向けのMCMagazineを昨年の国際電子出版EXPOに参考出品している。MCMagazineは、誌面全体を表示する 「レイアウトイメージ」とテキスト部分をタップすることで現れる「テキストウィンドウ」から構成され、PDFとEPUBを合わせたような電子書籍フォー マットによって、複雑なレイアウトの書籍に適しているといえる。MCBookでの電子書籍データの作成方法は、作成ツールがバージョンアップされた以外に 大きな変更はないが、旧バージョンのMCBookデータを新バージョンのツールで編集することは困難であるため、新規に作成を行った。

5.5 電子書籍表示用端末での表示文字サイズについて

電子書籍を表示する端末は、昨年と同様にApple社のiPadを用い、電子書籍ビューアは標準のiBooks1.3を使用した。電子書籍デー タは、最終的に教科用特定図書等に利用可能なアクセシブルなデータにする必要があり、特にディスプレイに表示される文字のサイズは重要になる。新規格での 原本教科書レイアウトの再現性やマルチメディア機能の利用方向性等を検証する前に、ビューアで表示する文字の基本サイズやビューアの文字拡大機能について 検証を行った。
電子書籍ビューアiBooksの文字サイズは、ユーザによってレベル1(最少)からレベル11(最大)までサイズ変更できる。1段階あたりの平均拡大率は 127%である。レベル1からレベル8までの平均拡大率は、112%でほぼ均一だが、レベル8以降の拡大率は、140%、124%、226%と大きく変化 する。ウェブブラウザSafariも同様に文字サイズを変更できるが、拡大率は若干異なる。

電子書籍ビューアiBooksでは文字の標準サイズを確実に指定することができないが、ウェブブラウザSafariの標準文字サイズ16ポイントの大きさがiBooksではレベル4であることから、これを基準サイズとした。

文字サイズレベル 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11
レベル4を基準としたサイズ比率 0.7 0.8 0.9 1 1.1 1.2 1.4 1.5 2.1 2.6 5.9

iPadのディスプレイとパソコン用ディスプレイではモニタ解像度が異なる。iPadは132dpiでパソコン用は96dpiとなっており、 iPadのほうが高い。従って同じサイズの画像データを各ディスプレイで表示した場合、比較するとiPadのディスプレイでは小さくなる。これはテキスト も同じであり、パソコン用ディスプレイで表示される16ポイントの文字サイズとiPadのディスプレイ上の表示サイズを同じにするためには、iPad用の データを大きく指定しなければならない。具体的には、iPadで22ポイント(=132dpi÷96dpi×16ポイント)になるよう文字サイズを指定す る。本研究では、教科書本文の基本サイズをパソコンではウェブブラウザ標準サイズよりやや大きい18ポイント、iBooksでは24ポイント (=132dpi÷96dpi×18ポイント)とした。

電子書籍用の端末は画面サイズが固定されており、iPadのディスプレイ解像度は、縦1024ピクセル・横768ピクセルだが、iBooksの レイアウトエリアは縦向きの場合、縦800ピクセル・横557ピクセルとなる。また、iPadを横向きにした場合、iBooksの見開き表示になり、1 ページは縦569ピクセル・横400ピクセルとなる。解像度に制限があるこのような画面で文字サイズをレベル11に拡大した場合は、縦位置1画面で15文 字程度しか表示できない。本文22ポイントの場合にレベル11では90ポイント以上になり、ページ数も増えることから閲覧に向かないサイズではあるが、テ キスト同士やテキストと画像とが重なるような不具合、テキストがレイアウトエリアからはみ出して全部が読めないというような不具合が生じないよう、検証時 に作成したデータではCSSを調整した。

図50 文字サイズがレベル11の場合の文章表示例
図50 文字サイズがレベル11の場合の文章表示例

5.6 検証(1)新規格による電子書籍データ

電子書籍の検証では、EPUBとMCBookのサンプルデータを作成した。昨年度検証したものと同じ教科書サンプルで、国語(教育出版株式会社 ひろがる言葉 小学国語 3上 平成23年度)、算数(株式会社新興出版社啓林館 わくわく算数6上 平成23年度)、理科(株式会社新興出版社啓林館 わくわく理科3 平成23年度)の一部のページを使用した。以下に、教科ごと各電子書籍フォーマットの新旧バージョンの検証結果を示す。

(1)国語

図51 原本教科書イメージ ※教育出版(株)『 ひろがる言葉 小学国語 3上』 平成23年度
図51 原本教科書イメージ
※教育出版(株)『 ひろがる言葉 小学国語 3上』 平成23年度
①電子書籍 EPUB

国語の原本教科書の文字組版は縦書きが基本だが、EPUB 2では横組みしか対応できなかった。EPUB 3では縦書き、ルビ、圏点等に対応している。また、本文と新出漢字エリアを縦方向2段組にする等、概ね原本教科書と同じレイアウトが再現できた。

図52 EPUB 2
図52 EPUB 2
図53 EPUB 3
図53 EPUB 3

CSSで段組みレイアウトを行う場合は、ビューアの文字サイズを大きくした時に1行あたりの文字数を確保するために改段できるようにした。サン プルでは文字サイズがレベル8で下段ブロック(新出漢字)を改段し、上段ブロックの終わりに表示される。ブロックの幅・高さによって文字サイズを大きくす ると1段あたり2文字程度しか表示されないような場合もあり、文章が読み取りにくくなる。上下に配置されたブロックは左右に分かれるが、各段がレイアウト エリア外にはみ出して読み取れなくなったり、1行あたりの文字数が極端に少なくなることを防ぐ。

図54 EPUB3での新たな対応
図54 EPUB3での新たな対応
図55 段組み改段の例
図55 段組み改段の例
②電子書籍 MCBook

MCBook 2では縦書き、ルビ、圏点、縦中横、日本語フォントの埋め込み等に対応していたが、テキストと画像を同一ページに表示できなかった。MCBook 3.2では同一ページでのテキストと画像のレイアウトに対応し、文中に挿絵を表示できる。段落罫等もスタイルで表現可能となった。

図56 MCBook 2
図56 MCBook 2
図57 MCBook 3.2
図57 MCBook 3.2

(2)算数

図58 原本教科書イメージ ※(株)新興出版社啓林館 『わくわく算数6上』平成23年度
図58 原本教科書イメージ
※(株)新興出版社啓林館 『わくわく算数6上』平成23年度
①電子書籍 EPUB

算数は、EPUB 2でも比較的再現しやすいレイアウトであったが、EPUB 3ではさらに再現性を高めることができた。

節見出しとなっている角丸付の破線は、CSSのボーダー属性で再現している。各設問番号は数字の下に枠の背景画像を重ねて表現している。それぞ れテキストと装飾要素を分けているので、iPad OS標準のアクセシビリティ機能を利用し、支障なくテキストを読み上げることができる。このようなページは、テキストと装飾要素をまとめて1つの画像にす るのではなく、それぞれのテキストを見出しとして扱うことで、よりアクセシブルなデータとなる。また、文字サイズを拡大しても節見出し箇所の枠線は常に文 字の外側に表示されるので、文字と重なることなく可読性を保持できる。各設問番号の枠の背景画像サイズは、文字サイズに比例して縮尺率が変更されるよう指 定し、文字と画像が重ならないよう配慮している。

図59 EPUB 2
図59 EPUB 2
図60 EPUB 3
図60 EPUB 3
図61 文字サイズ拡大時の節見出し、設問番号の例
図61 文字サイズ拡大時の節見出し、設問番号の例
②電子書籍 MCBook

MCBook 2では、1ページにテキストと図のレイアウトができなかったために、図を参照する設問が多い算数では不向きだった。MCBook 3.2では、同一ページでのテキストと画像のレイアウトに対応し、テキストと図の関係が分かりやすくなっている。

図62 MCBook 2
図62 MCBook 2
図63 MCBook 3.2
図63 MCBook 3.2

(3)理科

図64 原本教科書イメージ ※(株)新興出版社啓林館 『わくわく理科3』平成23年度
図64 原本教科書イメージ
※(株)新興出版社啓林館 『わくわく理科3』平成23年度
①電子書籍 EPUB

理科は、レイアウトが複雑でEPUB 2では再現が困難だった。装飾的な枠線とテキスト、キャラクターと吹き出しの組み合わせ等が1つの画像として表現されているため、アクセシブルなデータと はいえない。EPUB 3では、装飾的な枠線をボーダーイメージで表現した。多用されている吹き出しは、形状を角丸ボーダーで表現し、テキストと組み合わせた。いずれもテキスト をとそれ以外の装飾要素を分離することで、音声読み上げ等に対応したアクセシブルなデータにすることが可能となった。またテキストと画像が重なることがな いように配慮してある。

図65 EPUB 2
図65 EPUB 2
図66 EPUB 3
図66 EPUB 3

吹き出しのイメージとテキストを分離したが、文字サイズが大きくなると吹き出し内に文字が納まらない。今回は、吹き出しを角丸ボーダーに置き換えて表現した。

図67 原本教科書の吹き出しイメージで文字サイズを拡大した例
図67 原本教科書の吹き出しイメージで文字サイズを拡大した例

ページの左側にある装飾的な画像の枠線内にテキストが配置され、右側には吹き出しとキャラクターが配置されている。いずれもCSSのボーダー属性で枠線として表現しているため枠線からテキストがはみ出すことや線と文字が重なって読みにくくなることはない。

図68 文字サイズをレベル4にした時イメージボーダー(左)、角丸ボーダー(右)
図68 文字サイズをレベル4にした時イメージボーダー(左)、角丸ボーダー(右)

文字サイズを変更すると枠線の幅・高さも変更される。サイズを大きくした場合、できるだけ各枠線内の1行当たりの文字数を確保するよう最少文字 数を指定している。右側の吹き出し内の文字は、1行5文字確保できるように指定している。文字サイズレベル7以上の時、キャラクター画像は改段され、吹き 出しの下に移動する。テキストが文字サイズに応じてリフローするEPUBでは固定レイアウトはできないが、吹き出しとキャラクターの位置関係をある程度維 持することは可能である。

図69 文字サイズをレベル1にした時イメージボーダー(左)、角丸ボーダー(右)
図69 文字サイズをレベル1にした時イメージボーダー(左)、角丸ボーダー(右)
図70 文字サイズをレベル7にした時イメージボーダー(左)、角丸ボーダー(右)
図70 文字サイズをレベル7にした時イメージボーダー(左)、角丸ボーダー(右)
②電子書籍 MCBook

理科はテキストと図・写真等のレイアウトが複雑であるため、1ページ内でテキストと図の両方のレイアウトができないMCBook 2では再現は不可能であっが、MCBook 3.2ではかなり表現することができるようになった。再現性は他の教科に比べてやや劣るが、テキストと図の関係は理解できる。

図71 MCBook 2
図71 MCBook 2
図72 MCBook 3.2
図72 MCBook 3.2

5.7 検証(2)スクリプトやアニメーション、ムービーを利用した電子書籍データ

電子書籍では、端末のディスプレイサイズ制限やビューアのページ送り操作、文字サイズの変更機能等に左右され、原本教科書のレイアウトを再現し にくい場合がある。電子書籍ビューアiBooksは、昨年7月のバージョンからEPUBデータにスクリプトを含めるようになり、ユーザ操作に応じた動的な 表現ができるようになった。また、HTML5ではビデオ要素が追加され、CSS3ではアニメーション属性が追加されることにより、動画を容易に利用できる ようになった。これらの技術を利用し、前述の問題を補うことが可能かを検証した。

(1)国語

国語の物語は、上下2段で構成され、上段に本文、下段に新出漢字と読み等の注釈が示されている。EPUBデータは、ビューアの文字サイズによっ て文字が一定の位置に固定できないため、本文の新出漢字の出現箇所に対応した下段位置にその注釈を配置することが困難である。これを補うため、レイアウト 下段の注釈エリアを廃し、本文中の新出漢字をクリックするとその注釈が表示されるようにした。新出漢字の強調表示ボタンを押すと本文中の漢字がハイライト し、その箇所をクリックすると読み方が表示される仕組みになっている。電子媒体では、教科書レイアウトの見た目を再現できない場合があるが、そのレイアウ トの意図を組んだ機能を実装することで教科書コンテンツの再現性を高めることは可能である。

図73 新出漢字を強調表示ボタン
図73 新出漢字を強調表示ボタン
図74 新出漢字がハイライトされた状態
図74 新出漢字がハイライトされた状態
図75 新出漢字の読みがポップアップ表示された状態
図75 新出漢字の読みがポップアップ表示された状態

(2)算数

算数は、図説をより分かりやすくするために、アニメーションによる説明表現サンプルを2種類作成した。1つはCSS3のアニメーション機能を利 用したもので、複数の静止画像を順番に表示する。もう一つは、HTML5のビデオ要素を利用し、mp4形式のビデオ動画を表示する。いずれも方眼紙を折 り、切り抜き、開くという演習イメージをアニメーションでページ内に表示する。

CSS3のアニメーション機能は、animation属性とこれに対応したキーフレームで指定する。animation属性では再生時間、速度 変化、繰り返し等を指定し、キーフレームでは再生時間内で変化するタイミングをパーセンテージで分割するとともに変化する属性を指定する。今回は10画像 を12秒でアニメーションさせた。ページのアニメーション箇所にマウスを重ねるとアニメーションが開始される。今回はキーフレームごとに背景画像の表示が 変化する単純なもので、アニメーション用の画像データさえ用意すればCSSでアニメーション指定できるため、専用の動画編集ツールを使用しなくても動的な 表現ができる。その反面、複雑なアニメーションを作成するには画像枚数が多くなり、CSSの記述も複雑になる。

図74 CSSを利用したアニメーション
図74 CSSを利用したアニメーション
図77 アニメーションに利用した画像
図77 アニメーションに利用した画像

HTML5のビデオ要素は、mp4形式のビデオ動画データをページ上に操作パネルとともに直接表示させる。撮影したビデオやCGで作成した動画 をmp4形式にしておけば、容易にページに表示し、再生することができる。今回はFlashでフェード効果を含めたムービーデータを作成し、これをmp4 形式のデータに変換したものを使用した。動画編集ツールは必要になるが、CSS3のアニメーションより多彩な表現が可能であり、音声や字幕を含めることで よりアクセシブルなコンテンツにすることができる。操作パネルが表示されるので再生・停止等の操作方法が分かりやすく、操作しやすい。

図78 ビデオ要素とmp4データを利用した例
図78 ビデオ要素とmp4データを利用した例

(3)理科

理科は、1ページあたりのテキストや図・写真等の情報量が多く、レイアウトも複雑である。よって、ページ全体のレイアウトとテキストの可読性を 両立させることが困難であることから、ページ全体のレイアウトはそのまま再現し、テキストを別に表示する方法を検討した。画面にはページ全体を把握できる よう原本教科書の1ページをそのまま画像として表示し、ページ画像中の文字の箇所をクリックするとそのブロックのテキストをポップアップウィンドウで表示 するスクリプトを実装した。ページイメージは縮尺率を変更できないが、ポップアップテキストはビューア機能で文字サイズを拡大することができる。ビューア にはページ画像が表示されるのみだが、HTMLにはすべてのテキストと画像要素を記述してあり、コンテンツブロックごとの区分けしたエリア情報とHTML 要素の関連付けをページ画像ごとに行う必要がある。

図79 原本教科書1ページのイメージ画像のみ表示した状態
図79 原本教科書1ページのイメージ画像のみ表示した状態
図80 最初の文章をクリックし、ポップアップ表示した状態
図80 最初の文章をクリックし、ポップアップ表示した状態

ポップアップ枠内をクリックすることで元の状態に戻る。

図81 文字サイズを拡大した状態
図81 文字サイズを拡大した状態

ポップアップ内の文字数や文字サイズによって枠外に文字がオーバーフローする場合があるが、iBooksではポップアップ枠内にスクロールバー が表示されないためオーバーフローした情報を見落とす可能性がある。下図は、ポップアップ枠からオーバーフローしたテキストをスクロール表示した状態であ る。

図82 文字サイズを最大した状態
図82 文字サイズを最大した状態

一定以上文字サイズを大きくした場合はポップアップ枠も大きくし、表示文字数をできるだけ多くする配慮を行う。

図83 図の文字情報をポップアップで表示した例
図83 図の文字情報をポップアップで表示した例

5.8 まとめ

本章では、DTPソフトの新バージョンの機能による情報構造化作業の効率化、電子書籍の原本教科書のレイアウト再現性等を検証した。

InDesignの新バージョンの追加機能である「アーティクル」では、EPUB書出の補助機能が追加されたものの、情報構造の設計支援ツール としては前のバージョンとさほど変化がなく、書き出されたEPUBデータも情報構造や見た目の再現性が不十分であった。また、書き出したままのEPUB データでは、アクセシブルな教材データとして利用することはできない。EPUBデータをビューアで表示した時の見かけ上の表現はもとより、適切な情報構造 にするための編集や文字サイズ変更時のレイアウトに対応するための編集、音声読み上げに対応したデータ編集等、アクセシブルな教材データにするための編集 は必須になる。

電子書籍フォーマットEPUB 3は、厳密な情報構造化が可能で、よりアクセシブルなデータが作成できるようになり、教科用特定図書等のためのデータ形式として適したものであることが分 かった。また、教科書レイアウトの再現性も向上した。ビューアや作成ツールはこれから対応が進むと思われるが、EPUBの情報構造を生かした音声読み上げ 機能や文字サイズ拡大機能の実現に期待したい。

MCBook 3.2は、テキストと図・写真等を同一ページにレイアウトできるようになり、文字中心の国語以外の教科書レイアウトの再現も可能になった。次期バージョン では、EPUBへの展開やオーディオブックにも対応し、よりアクセシブルな電子書籍データの作成に期待ができる。
原本教科書データの初期原稿はDTPデータ上で繰り返し校正・修正され、最終的にはテキストと図・写真等が混在したレイアウトデータになる。初期原稿は最 終レイアウトデータと一致しないため教科書コンテンツを利用するには入稿用のDTPデータを参照するほかない。教科書コンテンツを様々なデータ形式に展開 する[汎用性のある教科書データ]は、このDTPデータを元にすることが最も合理的である。[汎用性のある教科書データ]はアクセシブルな教材データを作 成するため適切に意味づけされ、要素の順序・階層されたタグ付きテキストに書き出すことができるよう、DTPデータが情報構造化されていなければならな い。具体的には、弱視者のための拡大教科書を代替する電子書籍データや教科用特定図書等に利用できるアクセシブルな教材データに展開できることが重要であ る。単にEPUB等電子書籍フォーマットのデータが容易に作成でき、レイアウト等の体裁が保持できればよいというものではない。

今回の検証によって、[汎用性のある教科書データ]は「DTPソフトからEPUB書出するためのデータ」ではなく、「情報構造化されたDTP データ」でなければならないことを再確認した。つまり[汎用性のある教科書データ]とは、完成された教科書コンテンツであるDTPデータ形式のままで、ア クセシブルな電子書籍に展開しやすいタグ付きテキストに書き出すことが可能なデータであることを意味する。DTPソフトは印刷を前提とした原本教科書コン テンツを作成するためのツールであり、これを元に情報構造化を行うことはできるものの、書き出しデータをそのまま実用データとして利用することは今後も困 難だと予想される。今後はDTPソフトの新機能に注目しながらも、アクセシブルな教材ツールとしての電子書籍データのあり方とこれを作成するために適した DTPデータの情報構造化の設計等を研究の課題とすべきだろう。